a-haデビュー前ロンドンにて

◆3人の精神は高揚していた。3人はロンドンに住み、彼らの横にあるアパートは、夜明けまで一晩中大きな音でファンクを演奏する人々でいっぱいであった。3人の名前はすぐに主要都市で日の目を見ることになろうだろう。人生は自由で美しかった!
◆しかしマグスにとっては、物事はいつも喜びに満ちているワケではなかった。時折、生活を思い出させる全てのモノを避けて、全ての美醜を備えたこの都市をののしった。それはマグスが恋人のHeidi Rydjordを恋しく想い、孤独を感じた時だった。
◆Heidiとマグスは高校で同じクラスだった。全く異なったバックグラウンドと見たところ共通の興味がなかったので、2人がお互いに惹かれ合っていると気付くには、ちょっと時間が必要だった。マグスの18回目の誕生日、1980年11月1日に、お互いをより近づける不器用な試みがなされ、最終的に2人の仲を具体的なものへと変えた。マグスをけして裏切らないだろう、美と愛そして心地よさの源である彼女Heidiは、マグスの人生に根を下ろした。エキゾチックで、魅惑的なHeidi、彼女のグリーンの目、悲しげで、ほがらかで、気難しくて、つつましやか、とても優しく、いたずら好き。ノルウェーに残してきたことをマグスは悲しみ、彼女に想いを馳せた。
◆HENNING KRAMER DAHLの日記より。1984年3月23日金曜日。
マグスとポールがロンドンから帰ってきている。昼前にマグスがバナナ・チップとVorterol(※ビールのようなノン・アルコールの飲み物)を持って立ち寄った。僕がドアを開けると、マグスは僕の青白い顔を見て、暗い顔をした。
「こいつは驚いた、Kramut!今年もミスター・ユニバースには選ばれないぞ」マグスの口から最初に出た言葉がこれだ。いつでも元気付けようとする言葉、いつでも優しい気持ちのマグス。
「病気なんだ。目が感染してね、無期限隔離状態さ。ところで、きみは前より良さそうだね。中に入るかい?」
僕が言ったことは本当だ。マグスは今、かなりやつれて見える。とても疲れている。彼の目の下のクマと脂ぎった髪。彼が言うには、ここ数ヶ月のロンドンでの生活は、ひどく不安定だ。ジョン・ラトクリフは、ワーナー・ブラザーズの期待の星たちを、自らの少ない資産で養い続けている。家と車を売ったと僕は聞いた。彼らが皆に強い印象を与えたことで得た前払い金は、随分と前に革の服とビーチでのバケーションに使われた。それ以外に、マグスは自分のお金で車を買った−スタイリッシュなシルバーグレイのローバー、実に印象的な車だ。
マグスとこんなに久しぶりに再会出来たのがとても嬉しい。ジョンはしばらくの間決してロンドンには帰ってこないように、という厳しい命令で3人を家に帰した。彼は、ラグビーをしていて親指を折り、ひどく悪い状態にいる。極度の高血圧と極度の疲労。明らかに休養が必要だ。
僕らは座って、あらゆることを話していた。ふとマグスは、余りうまく調律されていない僕のピアノへと進み、静かに、深く集中しながら、穏やかで悲しそうなメロディーを演奏し始めた。トーンは冷たい秋の空を飛ぶカモメの翼のように上昇したり下降したりしている。
「何て言う曲?」
長い沈黙。僕らがよく知っている静かな言語だ。
「ポールが書いた新曲。ローレンのためにね。Hunting High and Lowって言うんだ。来週にはこれのデモを作るつもり」
「こっちで?」
「いや、Rendezvous(ロンドンにあるジョン・ラトクリフのレコーディング・スタジオ)で。ポールは今晩には立とうと言うんだ。ローレンが恋しいんだと思う」
「ジョンは何て言うかな?」
「まだ知らないんだ。激怒するだろうね。ところで、車にはまだ余裕があるんだ。一緒に来ないか?きみにはちょっとした外国旅行が必要だと思うよ」
「何言ってるんだよ?外に出るなって医者に言われたって言っただろう?少なくとも2週間はね。それに準備する時間がないよ」
「OK、じゃあ、今晩1時くらいに車で迎えに来るよ」
◆HENNING KRAMER DAHLの日記より。1984年3月24日土曜日。
もちろん僕は結局、スーツケースに荷物を詰め終えていた。「明日生きるためよりも今日を楽しく過ごす方が良い」マグスが好んで言う言葉だ。
真夜中の1〜2時頃、シルバーグレイのローバーが僕の家の前でブレーキの金切り声をあげた。いつものフルホルメン速度ですっ飛ばしたので、すぐに僕たちは町の外にでた。僕は50年代、ビートニク小説の中に入り込んだような気がした。ポールと彼のギターは、快適なバックシート全体を占領して、既にいびきをかいて寝ている。モートンはいない、何故なら哲学の学生をしている弟のHåkon(形而上学とシャンパンを専攻している)を訪ねて、彼は今パリにいるのだ。
旅程は厳しく、話す価値があるようなエキゾチックな驚きは期待出来そうもない。最初にGoteborg(スウェーデン)への夜通しドライブ、次に朝のフェリーでFredrikshavn(デンマーク)へ。続いてユトランド半島(デンマークの半島部分)を全速力で抜けて、Esbjerg(やはりデンマーク)からHarwich(UK)へのフェリーに乗る。ボートでの不快な20時間…ため息。
僕らはひどく不気味な夜を過ごし、Goteborgの波止場に座っていた。真っ暗闇の晩冬の道路と運転に疲れ果てたマグスは、元気づけてくれる組み合わせではなかった。スウェーデンで僕らの人生が終わらずに済んだのは実に幸運だった。Uddevallaで、半分眠りこけたマグスはLidkopingかどこかで道をそれたが、ポールのやかましい叫び声で再び道に戻ったのだ。ポールが夢の国から戻ったのは、唯一その時だけだった。
僕らはフェリーの列の最前列に並び、マグスと僕は自分たちの席めがけて駆け込んだ。明るい光の中で横たわりながら、僕らは空腹で、汗まみれで、疲れていた。僕の目はキリキリと痛んだ。ワーナーのお偉いさんが今ここにいないことを感謝する。とても見れたもんじゃない。
イギリスへのフェリーでの夜。酔っぱらいの叫び声やモーターの音で眠ることが出来ない。少なくも僕は。でも2人のポップスターは違った。荷物を置くやいなや、つぶれた吸い殻のように眠ってしまった。マグスとポールがこれから先どんな人生を送るかは、神だけが知っている。
ユトランド半島を通り抜けた時、僕らはちょっと話をしていた。明るいが、冷たい3月の陽の光がそそいでいた。とにかく僕が聞いたのは、a-haが最近していることは待って、待って、ひたすら待っているという1つだ。ワーナーとの膨大な契約の詳細が弁護士の手で整理されるのを待っている。LPをレコーディングするためにスタジオの空き時間を待っている。そして特に、彼らが再び普通の住み良い日常生活をするためのお金を待っている。それがあれば、かなりむさくるしいらしいSydenhamのアパートから引っ越して、毎日食べる余裕が出来るのだ。3人は何ヶ月もオートミールで生活しているという。でもこいつらが話を大袈裟に言うのは皆知っていることだ。
ともかく明日の朝にはイギリスに着く。面白くなりそうだ。入国審査官は、ノルウェー人がイギリスへの休暇旅行を繰り返しているのを、いぶかり始めている。イギリス人は鉄の手で自分たちの小さい島を警備しているのだ。
◆HENNING KRAMER DAHLの日記より。1984年3月25日日曜日。
僕はゴミ捨て場と空襲で焼け出された掩蔽壕の間の交差したところに座り、これを書いている。221 Dartmouth Road、a-haがSydenhamと呼ぶアパート。僕はけして2度と、大袈裟なことを言うとマグスとポールを責めることはしない。この例えようもない穴とも言うべき住居を見た−嗅いだ−後では。もしここに鼠がいたら、SPCA(※動物愛護協会のようなもの)は文句を言うだろう。
僕らがダウンタウンから南へと運転してきた時、この辺りは活気のないイギリス郊外のように見えた。ずらりと並んだ全く同じ2階建てレンガハウスは草に囲まれていた。カラフルなネームプレイトのついた2、3の店といくつかのパブだけが、飽き飽きするほど静かな単調さと異質だった。イギリスの大部分のように少し汚くて見捨てられたようだが、スラムというわけではない。
Dartmouth Roadは長く、とても狭い通りで、Kirkdaleの大通りからForest Hill駅にむかってゆっくり坂道になっている。通りはいくつかの貧しい小さな店、カフェ、持ち帰り用料理店、そして林立する「売ります」「貸します」サインによって支配されていた。
マグスはポリ袋とゴミで贅沢に飾り付けされた、小さい茶色い庭の前でローバーを停めた。破産したコンピューター会社がビルの1階を以前占領していた。2階正面にある唯一の窓はプラスチックで覆われていた。
「これが僕らの住みか」ポールはそう言うと、車からぴょんと飛び降りたが、そこはまさに今したばかりの犬の糞の上だった。家の前は下痢をしている犬小屋が動き回ったかのようだった。
「近所の人がよく犬を僕らの裏庭に放すんだよ」とマグスが説明した。『裏庭』は、アザミと排泄物で埋め尽くされた大きな荒れ地であることが分かった。ビンとメタルが雑草の間で光っていた。屑鉄業者の金鉱だ。
アパートは2階にあり、バルコニーまではすり減ったコンクリートの階段を通って行く。扇模様のガラス窓がついている入り口のドアは、かつては居住者の自慢だったに違いない、しかし現在はガラスが割れ、周りの木工は腐っている。バルコニーには、3人がこの3ヶ月にためにためたゴミが積まれていた。腐った食べ物と壊れたビンが、詰め込みすぎた袋から突きだしていた。雨水がビニール袋の折り目にたまり、緑色のねばねばしたものが厚く覆っていた。春になって太陽がここを暖め始めたら、悪臭の地獄になるだろう。
「何でドアステップにゴミの山を作っておくのさ?」僕は理解できずに聞いた。
「ゴミ捨て場が遠いんだ。それに僕らはここに一時的に住んでいるだけだし」
a-haの誰もこのアパートの鍵を見たことがないが、バンドの中にマグスとモートンのような軽業師がいれば、鍵など必要ない。マグスは雨水用のといにぶらさがってバスルームの窓を押し開け、中に入った。数秒後にドアが開けられた。リビング・ルームを見た時、僕はほとんど逃げ出しそうだった。
そう、リビング・ルーム。トイレの親戚と言うべきか。水がグレイホワイトの壁に染み出していて、壁には誰かが賑やかに飾ろうとしたのかピンク色の落書きがあった。部屋は完ぺきなまでにゴミに埋め尽くされて、いくつか家具と呼ばれるものがあるだけだった。ぐらぐらしたテーブル、2脚の木製の椅子、そして釘のベッドと同じくらい快適だろう枝編み細工のソファー…全部ゴミ捨て場から拾ってきたのは明らかだ。唯一の『贅沢品』は、ジョン・ラトクリフが子どもの時に持っていたステレオと、画面が砂嵐状態の白黒テレビだった。
いつものようにポールはすぐにレコードをかけようとしたが、コレクションのほとんどが溶けていた。モートンが壊れている室内暖房器を消し忘れたのだ。あいにく数ヶ月前のチャートトップ達は破損をまぬがれたので、すぐにあえぐようなスピーカーを通して、デュラン・デュランが大きな音で流れ出した。
ゴミをアパートから全て運び出すには、考古学的プロジェクトを実行するのと同じくらい時間がかかるだろう。床は食べかけでカビの生えたテイクアウトの食事、汚い靴下、下着、音楽雑誌、絵、さらにカビの生えたテイクアウトの食事、モートン所有のBagleyの本、フォークとナイフ、その他何だか分からないたくさんのモノで埋め尽くされていた。モートンはシド・ヴィシャス(※パンクバンド、セックス・ピストルズのベーシスト、ドラッグ中毒だった)を主婦の組合に参加させるような状態のままこの場所を去っていた。
僕は全てのモノをゴミとしてすぐ捨てるべきだと思ったが、ポールはお気に入りのパンツがゴミ袋の中で消えたと気付き、掃除はしないでくれという厳しい命令を与えてきた。2人が片付けている間、僕は残りの場所を見て回った。
狭いホールは、明るいが汚いキッチンへとつながっていた。ガスコンロは食べ物のかけらで覆われている。無敵の皿が何枚か流しで泳いでいる。窓の下枠には、マグスが小さい緑を植えたヨーグルトカップがいくつか置かれていた。みすぼらしい小さな葉は、まるで通りすがりの金持ちに子どもが物乞いをしているように、汚れた窓から陽に向かって伸びていた。
バスルームは居住者の虚栄心の象徴だった。ポールとモートンのパウダー、マスカラ、その他メーキャップ用品があらゆるところに置かれていた。ようするにこれが今のa-haの生活なのだ。彼らはバラバラに壊れそうな汚らしいバラックに住んでいるが、少なくとも外面的にはあるレベルの外見とスタイルを何とか保持している。革服と茶色い顔は人々に納得させているのだ、ここに3人の若者が何の心配もなく世界でやっていると。a-haは泥の中の閃光、彼らの夢の中では大金持ち、音楽業界という妥協のない吹雪の中では裸足の勝者だ。
今夜は満月。僕らはRendezvousから通りを渡っただけ、DartmouthとKirkdaleの交差点にある『The Woodman』という地元のパブへと向かった。店の主人は旧友のようにマグスとポールを歓迎して、ビールの樽へと進んだ。僕らがスタジオにビールを持っていきたいと頼むと、彼は親切に頷いた。「ああ、もちろん構わないさ!」
月が人気のない通りを冷たく照らしている。ポールは静かに彼の新曲『Hunting High and Low』をハミングした。マグスは頭上の星々に向かってロンドン訛の方言で辛辣な言葉を叫びながら、手がビールグラスでいっぱいだったので、バランスを失う振りをした。
◆HENNING KRAMER DAHLの日記より。1984年3月26日月曜日。
ひどい夜と朝。僕は目の痛みでイライラしている。客だということで、僕は1番良いベッド−それはモートンのベッドだった−を与えられたが、大して助けにはならなかった。寝具は汚れでゴワゴワしていて、マットレスは腐っている。しかしポールはもっとひどかった。彼はスプリングの上にただシーツをひいて寝ているのだ。それが窓のすぐ下にあり、窓は釘でポリ袋と紙を打ち付けていたにも関わらず、夜風を通してしまう。ベッドルームは凍てついている。
ここでわずかな暖を得る唯一の方法は、キッチンへのドアを開けて、4つのコンロを最大にすることだ。あるものを有効に使い、しかも健康的。僕は眠りに落ちる前、暗闇で横たわりながら、しばらく真っ赤な火口を見つめていた。マグスとポールはずっと前からいびきをかいていた。人がこんな状況にも慣れることが出来るなんて、本当に驚きだ。
僕は信じられないほどひどい頭痛で目を覚ました。痛みに支配され、大声でそして低い声でうめいた。僕のうめき声に、ポップスター達は眠りから目覚めた。
「Kramutがついに気がふれたのかと思ったよ」とポールは不平がましく言って、また眠ってしまった。
「どうしたの?」マグスの声は不明瞭だった。彼は一度も朝方人間であったことはない。
「頭が!死ぬかも知れない。昨晩そんなに飲んだっけ?」
「いや、ただのガス漏れだよ」
「ガス漏れ?!」
僕の頭上を走っているガスパイプが古い靴下と同じくらいひどいものだということが分かった。モートンがパリに逃げ出したのも不思議はない。数メートル離れたところにあるキッチンでコンロをフル回転させ、ガス漏れしている寝室で眠ること…それの意味することを僕は訴えた。
「慣れるよ。それにガスの下で寝るのは交代制だから」
マグスとポールは再び眠りについていた。
※参考『Så blåser det på jorden』『Boken om A-ha』他