HOMECOMING : a-ha live at Vallhall 限定盤収録のインタビュー
書き起こし&訳:Mayumi
イアン:子供の頃育ったノルウェーはどんな感じだった?どんな音楽を聴いていた?あの時代には何が流行っていたんだい?
ポール:何もなかった(苦笑)全く何もね。たったひとつのラジオ局で週に1時間ポップミュージックを放送していただけだったよ。
マグネ:僕らが子供の頃は、たしかひとつだけしかラジオ局がなかったんだ。だから、いっせいに聴けるいろんなスタイルの音楽のメニューがたくさんあったわけではないんだ。
モートン:僕は(ポップ・ミュージックには)興味がなかったんだ。僕が夢中だったのは昆虫や蝶だった。岩や石をひっくり返してその下に何があるのか見つけたりしていた。そういうことに全ての時間や想像力を費やしていたよ。
ポール:レコード店の中を歩きまわって、(レコードの)ジャケットを見ては、どんな音楽なんだろうと想像していた。これ聴いてもいい?と尋ねては、店に半日立ち続けて、レコードを聴いていた。
マグネ:新しいバンドを発見して自分のテイストを開拓するのに、レコードはとても重要なものだったんだ。それにはいいものを探さないとね。
モートン:僕がちゃんと聴いた最初の音楽は…、さっきも言ったとおり、その当時の僕は全く何にもしらなかったんだ。(イアンが「(虫の)きいきい声を聞いていたんだよね」からかう)ラジオなんて聞いた事はなかったしね。(イアン「恥ずかし?!」と茶化す。)(モートン笑いながら)僕のいとこがイギリスに行ったとき、ユーライア・ヒープのアルバムを買ってきたんだ。(イアン「いいね!」)それは、70年…74年のことだったと思う。完全にノックアウトされたよ。
ポール:ちゃんと聴いた最初の音楽は、バート・バカラックだった。そしてジミ・ヘンドリックスなんかが初めて自分で買ったアルバムだよ。少し遅れて60年代の音楽を聴き始めたんだ。
マグネ:はっきり思い出せる最初のレコードは…(ディープ)パープルとかジミ・ヘンドリックスのコンピレーション・レコードだった。それがきっかけで音楽にすっかり夢中になったんだ。
モートン:バンドを作ろうと決心したんだ。当時、僕はノルウェーにバンドがあるなんて知らなかった。自分で歌ってみてすごく興奮した。だから、なぜ誰もこんなに楽しいことをやろうとしないのだろう、と不思議に思っていたよ(笑)もちろん、当時も家の外にたくさんバンドが存在していた。
イアン:いつからバンドを始めたのだい?どうやって曲作りをするようになったんだい?仕事としてだけではなく、創作を始めようとしたのは?
ポール:僕にとっては、曲を書くのはまったく楽なことなんだ。地元のライバルバンドと知り合って、僕だけが自分で曲を書いているということに気付いた。それはクールだ、と思ったよ。ずいぶん早くから曲を書き始めたからね。
イアン:ポールと出会ってどれくらいになる?
マグネ:12歳か、11歳のころからだよ。
イアン:クラスメートだったわけかい?
マグネ:そうだね。僕らは違う学年だったけれど、当時すごく近くに住んでいたんだ。
ポール:マグスはようするにご近所だったんだ。2、3軒向こうの家に住んでいた。マグスは自分のバンドをやっていて、僕もバンドをやっていた。当時、僕はドラムをやっていたんだ。
マグネ:ポールのお父さんが、ダンボール箱でドラムセットを作ってくれて、(イアン:「いいね!」)ポール達がバルコニーでコンサートをしていたんだ。それを見上げて、「ワォ、すげー!あいつらと話をしよう」と思った。うちの地下室におじいちゃんのベースアンプやギターがあると話したら、みんなプレイしたがった。
ポール:マグスはギターを弾きたがった。それから50の違う角度から全部試したよ。(イアン:僕はこれがやりたいんだよ…(泣く真似))僕は、ベースをやりたい、キーボードをやりたい、なんてね。僕らは、結局仕事をしていく上でいわゆるテクニカル・プレイヤーにはならなかった。いろいろやったから、どれも、そこそこできるという感じかな。
マグネ:僕らは60年代のバンドについていろいろ学んだよ。ポールと僕は、最初ビートルズを好きになって、それからジャニス(ジョプリン)、(ジミ)ヘンドリックス、そしてドアーズといったよりハードコアなものを聴くようになった。僕らがやったたくさんのバンドはそういったアーティストからすごく影響を受けたんだ。そしていろいろやっていくうちに僕らが一番長く続けたバンドは『ブリッジス』だった。
モートン:僕はたしか20歳…いや19歳だったと思う。彼ら(ブリッジス)がプレイしているのを最初に聴いたのが、転機になった。当時たくさんのバンドに参加してきたけれど、僕の中でノルウェーを出るという考えはまったくなかったからね。
イアン:モートンが『君らは良いバンドだけど、シンガーが必要だね』と言った、と聞いた事があるんだけど、本当にそう言われたのかい?
ポール:それは君の取り方次第だよ。
イアン:いや、良い、悪いは関係無い話だよ。だけど、誰かがやってきて、そんなこと言われたら…(握りこぶしをつくって頭にくる、というジェスチャー)むむむ…。モートンとは知り合いだったのかい?
ポール:うーん、僕はモートンとはあんまり面識が無かったんだ。マグスのほうが多少知っていたんじゃないかな。モートンは、クイーンとかそういうバンドに夢中だったから。僕のバンドとは違ってね。
モートン:なぜノルウェーを出るんだと思った。国際的な地位を得るためにとかそういうことはわかっていたし、僕が歌うことを必要とされているのもわかっていたんだけどね(笑)それについては何も答えなかった。(一緒に行くまで)あと2年くらいかかったんだ。
ポール:僕らは、イギリスへ渡って、実際に何かをやろうとしていたんだ。
マグネ:モートンを置いてね。(3人で渡英する)1年前くらいだったよ。当時、モートンは勉強をしていたし、僕らは彼を待つことができなかった。そして、自分たちだけでやってみることにしたんだ…
モートン:僕らは、音楽的な能力をお互いに求めていたのではなくて、やる気と、目的にまっすぐに向かう意欲を求めていたんだ。
マグネ:モートンには特別なものがある、とピンときたんだ。ノルウェーに帰って2、3週間、(一緒に)少しデモを作ったほうがいいんじゃないか、ということになった。実際はこうして始まったんだ。
イアン:それじゃ、あのクレイジーなシングルが出て、大騒ぎになるまで、a-haになってからどれくらいかかったんだい?
モートン:あのクレイジーなシングルね。初めて彼らがプレイするのを聴いたのはTake On Meのさびの部分だった。当時しばらくの間『Lesson One』というタイトルだった(笑、水を飲む)…僕らはタイトルが気に入らなかった。あまり効果的なものではなかったからね。そしてもっとヒドいタイトルを思いついた。
イアン:その後、どんなタイトルになったんだい?
モートン:Take On Me(微笑み)
イアン:やったね!(ガッツポーズ)
イアン:バンドを組んで、Take On Me、ある日いきなり、アメリカや英国で成功したわけだよね。どういう風に対応した?
ポール:とてもハッピーだったよ。(イギリスに渡って)2年もの間、そのうち、クレイジーになるほど忙しくなるよ、と言われつづけて何も起こらなかったんだ。とても退屈だったし、そんな言葉は信じなくなっていたからね。ヒットしてから最初の10ヶ月は飽きることはなかったけれど、その後、ついにこれは行き過ぎだと思ったよ。(働き者の)日本人的に朝の10時から夜の10時まで、30分刻みのスケジュールだった。だけど、僕らは若かったから長い間疲れを知らずにやってこれたんだ。グラミー賞などにノミネートされて圧倒されたり、僕らを見てみんながナーバスになっているのを見ていたら、自分自身にナーバスになってしまった。…(笑)
マグネ:僕自身、対処できていたかわからない。対処しているように見せかけて、長い間そんな風に演技していたんだ。パニック状態になっていったよ。バンドが分裂することになったのは、最初からショックの嵐にもまれてしまったからだろうね。
モートン:ある日いきなり、セキュリティーガードに囲まれて生活が展開することになったんだ。彼に面倒をみてもらい、しまいには、歯を磨くときまで一緒だったよ。ホテルでベッドにもぐりこむために、立ち止まらずすばやく動かなければならない。ロビーや表玄関を使わずにどこへ行くにも裏口から出入りするんだ。自分が正しいことをやっているのか、じっくり考える時間はなかった。半年もしたら僕らは疲れてしまったよ。自分たちがやっていることが楽しく無くなってしまったんだ。まったく無意味なことばかりだったからね。結局とても辛く感じるようになってしまった。
イアン:どのくらいたってからそうなったんだい?
モートン:6ヶ月経った頃、僕らはすっかり疲れ果てて、意味の無いことをやらされるのに飽き飽きしたんだ。僕らはバンドなんかじゃない。ストレスのはけ口もなかった。やることといったらポスターの撮影でポーズを取ったり、取らなかったりすることばかりだったんだ。
イアン:いままで行った一番変わった小さい国はどこだい?
ポール:それはレバノンに違いないよ。今では大分復興しているだろうけれど、当時のベイルートには、みんなショックを受けた。ホテルの壁は弾痕だらけだった。ステージ上でマグスが向こうに立っていたんだけど、彼の頭上に、手榴弾による大きな穴が空いていてコンクリートで埋められていた。マグスは音の振動で詰めたコンクリートが落ちてくるんじゃないかとおびえて、(笑)じりじりと10歩後ろに下がったんだ。(ポール、振り返る)どこへ行くのかと思ったよ。
マグネ:僕らはノルウェーの何かを変えた。よくわからない。もしかしたら僕ら無しでも変わったのかもしれないね。だけど少しの間、ノルウェーからいなくなって、ノルウェー出身のバンドとして活躍するようになった。そしたらみんな、レコード会社と契約をかわしたことを、スライスされたパンが発売されたときのように数年来の大事件として扱うようになった。80年代を通じてみんなの態度が変わったのは確かだよ。
イアン:(突然成功したことで)家族や友達はびびっただろうね?9歳の頃はどこにでもいそうな少年だったのに、バンドを組んでいきなり爆発的に人気者になったんだからね。どんな反応だった?とても名誉なことに違いないよね?
ポール:そうだね。彼らは僕らよりも変わったから、ちょっと恥ずかしかった。自分自身が変わったとは思わなかったからね。もちろん成功したりするのはクールだよ。だけど、外側から見るほうがずっと派手で楽しげに見えるものなんだ。ノルウェー人だから、多少トーン・ダウンしているけれどね(笑)…・だけど現実にはほんの一握りのバンドしか成功していない。この業界では成功はまれだからね。
イアン:ツアー、特に最初の年のツアーはどんな感じだった?よくみんながロックンロールについて語るのと同じなんだろうね?a-haでもそれは同じだった?
マグネ:うーん、そうでもなかったよ。ワールドツアーを始める前に、ピカデリーで記者会見を開いたときのことを思い出すよ。群集がピカデリーサーカス全体をブロックしていて、むろん、あの特徴あるユニフォーム姿の(イギリスの)警官が出動していた。それを見て1秒後には驚いたよ。奇妙なかたちで現実になったんだ、とね。だけど、ツアーに関してはね…。よくわからないけれど、実際最初のツアーで(ライブに)夢中になることはなかったな。いろんな面で思ったとおりにならなかったり、バンドのステータスやら自分のパフォーマンスが気に入らなかったり、いろんなことが気になったりしていたからね。今はすっかり変わった。今では、こんなに楽しめるようになったし、ベストを尽くすことができるようになって感謝しているよ。自分がもっとリラックスして気ままに振舞うことができると、オーディエンスもリラックスできるものなんだね。
モートン:最初の頃、僕らはシーケンサーなどの機材にすごく頼っていたんだ。どんな音を出していたのかよくわからないよ。多分ひどかっただろうね(苦笑)
イアン:ステージの上で歌を忘れたことはあるかい?
モートン:あるかって?しょっちゅうだよ(苦笑)
イアン:忘れないようにするにはどうしている?
モートン:一番効くのは、ステージの後、すぐに寝ることだね。起きたてのときが一番危険な瞬間なんだ。…冗談みたいだけれど実際どうなるのかというと、いろんなところにツアーする生活を続けていると、だんだん、自動操縦の飛行機みたいに行動するようになってしまう。でも起きた瞬間『おっと…。僕はどこにいるんだろう?』と思うわけさ。おかしなことに、そこに居るのはわかっているんだけど、なぜかいつもと違う気分に陥るんだ。
マグネ:僕らは早く成功の地位に慣れてしまったからね。92年にノルウェーに戻ったんだ。自分が去った故郷がどうなったのか見ようとした。人々もすごく変わったと思う。ノルウェーを出る前つるんでいた人たちとまた一緒に2、3年過ごしてみて昔に戻ろうとしたけれど、全てが変わってしまったことを受け入れなければならなかったよ。まあ大したことではないけれどね。
イアン:そして解散したわけだよね。どんな風に解散することになったんだい?友好的なものだった?それとも喧嘩別れだったのかい?
ポール:前のアルバム(Memorial Beach)は92年に出した。僕らはそのとき、シングルよりもアルバムを作りたかったんだ。もっと演奏をしたかった。90年代がやってくるのを感じていたんだね。そして今までやってきたことから離れたかった。物事を単純化しようとした。だけど、バンドをとりまく環境を変えるのは難しいことだったし、古くからのファンについて来てもらうことができなかった。僕はそういうやりかたでよかったんだけどね。a-haは最初からある程度の成功を収めているから、そのやりかたでやることはかなわなかったんだ。個人的には、このやり方が好きだね。
マグネ:僕らが堂々とカムバックできたのは、僕らがシリアスなバンドとして働いてきたことを大勢の人たちが気付いてくれたからだろうね。デビューしたときの最初のインパクトが強すぎて、僕らはそこから長い間抜け出せなかったんだ。
イアン:ノーベル平和賞記念コンサートの誘いを受けたとき、驚いた?「うわー、気味が悪い話だ」と思わなかった?
ポール:2、3年続けて誘われて居たんだ。断り続けるのは恥ずかしかった(笑)問題は何を演奏するかということだった。古い曲だけを演奏するわけにはいかなかったし、以前に書きためていた曲もやりたくなかった。その晩のために書き下ろした曲をやるのがいいということになったんだ。曲が出来て嬉しく思っているよ。それがSummer Moved Onだったんだ。
モートン:僕はうまくいくかすごく疑問だった。単純に、自分の時間を過ごしたり、自分でやっていることをエンジョイしていたからね。95年にアルバムを出して、このアルバムは僕に素晴らしいものをもたらしてくれた。自分で曲を書くようになったしね。それが僕の進みたい方向だった。僕にとって、a-haに戻るということは、ものすごく後退してしまうということを意味していたんだ。
ポール:すぐに終わってしまうだろうと思っていた。ちょっと時間があるときにやってみようという感じだったんだ。もう少しだけやってみよう、もう一丁、という具合だった。お互いにゆっくりと少しだけ試してみようというアプローチだったんだ。
モートン:全員、躊躇していたと思うよ。…(イアン:少しずつ、そういう方向に
進んでいったんだね。)5、6曲、デモを作ってみて、それからみんなの態度が変わったんだ。これは僕が欲していたバンドのスピリットだ!と思った。そして僕にとっては困ったことになった。自分がやりたいことにすごく自信を持っていたからね。だけど同時に、こちらもやる意義があるのではないか、と感じた。そしてもう少しやり続けてみて、少なくともじっくり様子をみてみようと思ったんだ。
マグネ:7年のブレークの後、また一緒にやることになったけれど、今は、これまで良い曲を出してきたことをお祝いしているんだ。ただ単に、過去からどうやって抜け出せるか模索するだけではなくてね。
イアン:最後の質問だけど、80年代にやっていたバンドを思い出したときに笑える?それとも泣けてくる?
ポール:笑ってそれから泣けてくるかな(ニヤリ)
イアン:(笑)すばらしいインタビューだったよ。ありがとう。
