ノルウェー-ラジオ(RadiOs)- 06/06/04
訳:May-Junniさん
(『Forever Not Yours』の後、まず、インタヴュアーがコンサートについて一言。)前座にはベルゲン出身のMagnetと有名人などで結成された男性コーラスが盛り上げた。でも、やっぱり来ていた客(1万人以上)のほとんどは、a-haが目的だった。コンサートの後、当局はモートン・ハルケットに会うことができた。
モートンはコンサートの趣旨に関してはちょっと驚いたと語っている…このコンサートがチャリティーだというのを初めから把握していなかったというのだ。
モートン :僕らにそのことがきちんと伝わらなかったのは主催者側と僕らのコミニュケーションが初めからベストじゃなかったからだと思う。実は、僕らは今コンサートでプレイできる状態じゃ全然ないから…いろんな仕事をすべて断っているんだ。ちょっと変な…もしかしたら僕ら側でミスもあったかもしれないけど…この仕事はだんだんと決まって行ったから。でも、ハッキリしたことは知らされていなかったんだ。そうみんな感じたてたよ。
でも、チャリティーコンサートがどうあるべきか、どうなりうるかってのは、また別の話だよね。もちろん。バンドがチャリティーだからといって、無償でプレイするってことについては、まったく当然とはいえないね…その背景とか事情にに左右されるんじゃないかな。だって、どうしてバンドが社会のほかの労働者と違わなきゃだめなのかな? たとえば牧師だって仕事に対して報酬を受けてるよ。皆さ。これ(プレイすること)は僕らにとっては仕事だからね。僕らはステージの配管工だよ。
インタヴュアー :とりあえず50万クローネの収益金がルーマニアのエイズの子供たちに送られるっていうのは、いい気持ちですか?
モートン :そりゃもちろん。これって必要だったしね。子供たちが本当に苦しんでるのをみるのは、絶望的だよ。
『Lifelines』
インタヴュアー :「ステージの配管工」っていうのが出ましたけど、Kurt Nilsen(もともと職業は配管工)、Idolの(昨年の)優勝者をコンサート前から前座に使いたくないといってましたね。それは、Idolの恩恵を受けるのは違うという感じで?
モートン :僕らは別にIdolをこき下ろしたり、Idolは、最高だって言うためにここにいるんじゃーないよ。Idolにはいい面もあるし、逆に明らかに欠けてるところもあるよね。…Idolから出てくるタレントて、やっぱり限られてるよね。たくさんいい物を持った人が出てきても、途中で消えてったり。でも、本物の音楽的素質のある人も出てくるね。例えば、Kurtは、声に普通にはない、いい響きがあるアーティストといえるね。彼の声にはいくつも層や抑揚があってすごくいいよ。
僕らの中でKurtに反対だっていうのはないと思うけど…だとしたらちょっと不思議だね。でも、Idolと必ずしも関連付けられるっていうのはまた別問題だよ。
インタヴュアー :ベルゲン人のためにプレイするのは、大きなチャレンジでしたか?
モートン :プレイにはチャレンジがいつもつき物だよ。
インタヴュアー :でも、さっき「今は実は、こういう仕事を引き受ける状態じゃない」って、いってましたよね。
モートン :ああ、ちょっと違った意味のチャレンジって言うなら、それはそうだよ。僕らはいま地下室にこもってるからね。僕ら的には、いまアクティヴに活動してるわけじゃないから。だから、今プレイするのってもっと大変なんだよ。しまっているものをすべて取り出す感じで、準備したり、整えたりするのにね。
インタヴュアー :ニューアルバムについて、どこまで進んでるかちょっと話してもらえますか?
モートン :アルバムその物には、取り掛かってないんだ。それぞれが曲を書いてるだけだよ。まだ、3人が集まって書いたものを見たり、比べたりする以前の段階だね。皆それぞれ別個にやってるから、後の2人については代わってあんまり答えられないな。今作っている曲のなかには、必ずしもa-haのものとして使われないものも結構あると思うよ。僕自身については、いまエキサイティングな段階でね…どんな曲が使えそうかはっきり見えてきたし、形になってきてるね。
インタヴュアー :その中で、もしかしてソロ用になりそうなのはありますか?
モートン :僕は音楽をやってるから、どれが当然ソロ用になって、どれがa-haのアルバムになるかは、今はきまってないよ。作曲するときに何かを考えて作るって事は、まずないね。
『The Sun Always Shines On TV - live』
インタヴュアー :ベルゲン出身のMagnetが最後にステージに来て『Lay Lady Lay』を、一緒に歌いましたね、モートン。あれは誰のアイデアだったんですか?
モートン :あれは、マグネが思いついたことだよ…でも、ディープキスまでやってくれって頼んだかどうかはわからないけど。
インタヴュアー :そうー、あのキスを1から10までのポイントで採点するとしたら?
モートン :Lenaとのキスのほうがよかったな…正直に言うと。(バックから男女複数の笑い声。)
インタヴュアー :ベルゲンの観客はよかったですか?
モートン :うん。断然、すごくよかったよ。
と、ここでモートンは、ホテルにまた戻って行きました。初めにコンサート、そしてモートンからいろいろ楽しく話が聞けたことで、スタッフ皆満足しました。RadioOsでは、今回のコンサートに5点(6点が最高点。さいころです。)をつけました。18年前にもここベルゲンで彼らのライヴがありましたが、違いはというと、彼らが大人になったこと、そして音楽に重みが増したということでしょうか。いずれにしてもいい経験になりましたね。
『Take om me』
『Lifelines』
インタヴュアー :「ステージの配管工」っていうのが出ましたけど、Kurt Nilsen(もともと職業は配管工)、Idolの(昨年の)優勝者をコンサート前から前座に使いたくないといってましたね。それは、Idolの恩恵を受けるのは違うという感じで?
モートン :僕らは別にIdolをこき下ろしたり、Idolは、最高だって言うためにここにいるんじゃーないよ。Idolにはいい面もあるし、逆に明らかに欠けてるところもあるよね。…Idolから出てくるタレントて、やっぱり限られてるよね。たくさんいい物を持った人が出てきても、途中で消えてったり。でも、本物の音楽的素質のある人も出てくるね。例えば、Kurtは、声に普通にはない、いい響きがあるアーティストといえるね。彼の声にはいくつも層や抑揚があってすごくいいよ。
僕らの中でKurtに反対だっていうのはないと思うけど…だとしたらちょっと不思議だね。でも、Idolと必ずしも関連付けられるっていうのはまた別問題だよ。
インタヴュアー :ベルゲン人のためにプレイするのは、大きなチャレンジでしたか?
モートン :プレイにはチャレンジがいつもつき物だよ。
インタヴュアー :でも、さっき「今は実は、こういう仕事を引き受ける状態じゃない」って、いってましたよね。
モートン :ああ、ちょっと違った意味のチャレンジって言うなら、それはそうだよ。僕らはいま地下室にこもってるからね。僕ら的には、いまアクティヴに活動してるわけじゃないから。だから、今プレイするのってもっと大変なんだよ。しまっているものをすべて取り出す感じで、準備したり、整えたりするのにね。
インタヴュアー :ニューアルバムについて、どこまで進んでるかちょっと話してもらえますか?
モートン :アルバムその物には、取り掛かってないんだ。それぞれが曲を書いてるだけだよ。まだ、3人が集まって書いたものを見たり、比べたりする以前の段階だね。皆それぞれ別個にやってるから、後の2人については代わってあんまり答えられないな。今作っている曲のなかには、必ずしもa-haのものとして使われないものも結構あると思うよ。僕自身については、いまエキサイティングな段階でね…どんな曲が使えそうかはっきり見えてきたし、形になってきてるね。
インタヴュアー :その中で、もしかしてソロ用になりそうなのはありますか?
モートン :僕は音楽をやってるから、どれが当然ソロ用になって、どれがa-haのアルバムになるかは、今はきまってないよ。作曲するときに何かを考えて作るって事は、まずないね。
『The Sun Always Shines On TV - live』
インタヴュアー :ベルゲン出身のMagnetが最後にステージに来て『Lay Lady Lay』を、一緒に歌いましたね、モートン。あれは誰のアイデアだったんですか?
モートン :あれは、マグネが思いついたことだよ…でも、ディープキスまでやってくれって頼んだかどうかはわからないけど。
インタヴュアー :そうー、あのキスを1から10までのポイントで採点するとしたら?
モートン :Lenaとのキスのほうがよかったな…正直に言うと。(バックから男女複数の笑い声。)
インタヴュアー :ベルゲンの観客はよかったですか?
モートン :うん。断然、すごくよかったよ。
と、ここでモートンは、ホテルにまた戻って行きました。初めにコンサート、そしてモートンからいろいろ楽しく話が聞けたことで、スタッフ皆満足しました。RadioOsでは、今回のコンサートに5点(6点が最高点。さいころです。)をつけました。18年前にもここベルゲンで彼らのライヴがありましたが、違いはというと、彼らが大人になったこと、そして音楽に重みが増したということでしょうか。いずれにしてもいい経験になりましたね。
『Take om me』
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2004-06-06
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ノルウェー-雑誌(Hjemmet)- 05/04
訳:みこ
- モートン・ハルケット(44)は、なぜだか疲労を感じていた -
40歳に近づいたころ、モートン・ハルケットは体調と食べたものの間には関連があるということに気付いた。食事から小麦粉を除去すると、目立って体調が良くなった。しかし、モートンはパンが大好きだった。それで、彼のガールフレンドのアンネ=メッテ・ウンドリエン(35)はスペルト小麦のパンをベースにしたレシピを考え出したのである。今ではモートンはこのパン無しでは生きていけないという。さらにベイカー・ハンセンというベイカリーもアンネ=メッテのパンに感銘を受け、このパンの製造を始めた。
「40歳になるまで、自分の食べているものについて真剣に考えて−ここが一番重要なところなんだけれど−体内に摂取するものと、それが自分の体にどれくらいのエネルギーを与えてくれるかの関連について理解していなかったんだ」と、モートン・ハルケットは言う。
モートンはそれまで、食事については単純なタイプで、出されたものなら何でも食べるという人だった。テーブルの上に大きなケーキや甘いデザートがあったら、もちろん食べていた。その点は今でも変わりない。
「モートンはケーキのことになると、どうしようもない人なのよ」と、アンネ=メッテ・ウンドリエンも言う。彼女は今、二人の間に生まれた一歳の娘ヘニーの育児のために、在宅で仕事をしている。
実は、このインタビューでは、モートン・ハルケットについて聞く予定は無かったのである。キッチンのテーブルに、モートンの席が用意していなかったのは、そのためである。しかし、突然彼はキッチンにフラフラと入って来た。当誌「Hjemmet」の記者が近くにいたので、ポップミュージック界のキングのアンテナが反応したんでしょうか。そんなわけで、当誌は彼の話は非常に分かりにくいのも承知だが、これまで何度もインタビューを断られてきたこともあり、時間のかかるインタビューを行うことにした。
見るからにモートンは、彼が真剣に考えている問題について−つまり、彼のガールフレンドのスペルト小麦パンとその健康に与える利点について−の意見を当誌と分かち合いたくてしかたないようである。
「僕は他の人に、ああしろこうしろとは言うつもりは無いよ。ただ、スペルト小麦パンが僕にとってどれだけ良い効果があったか分かっているし、他の人にとっても良いものだと信じているだけだ」と、モートンは言う。
辛抱強いけれども、パン焼きについては素人だった、彼のガールフレンドのアンネ=メッテが、正にこのキッチン内で作り上げたパンについての話である。
「彼女は最初は、何の知識も無かったんだ。この人はパンを焼けなかったんだよ!イーストで発酵させたパン生地がどういう状態になればいいのか考えたのは僕なんだよ。僕はティーンエイジャーの時からパンを焼いていたからね。でも今では彼女の方が僕よりも上手に焼けるようになってしまった」と、モートン。
- 健康を意識して、小麦を除去 -
「私がモートンとであった5年前には、彼は時々、すごく疲労感を感じると言っていたの。でもそれは別に睡眠不足とは関係無かったのね。朝食後に眠くなってしまって、そういうときはひどくイライラしていたわね」と、アンネ=メッテは言う。
何かがおかしかったのだが、ようやく彼らは食べ物が原因だということが分かった。それで、彼らは何を始めたのだろう?
「a-haが活動を再開したころ、マグネ・フルホルメンは心臓に問題を抱えていて、その関係で血液型ダイエットを始めたんだ。この食事療法がマグネに良い効果があったみたいで、誰もがマグネを見て食事と健康に気をつかうべきだと思うようになったんだよ」と、モートン。
血液型ダイエットによると、モートンがよく感じていた疲労感は、小麦製品が原因だという。そこで食事から小麦を除去してみたところ、すぐに効果が表れたのである。これで、モートンは問題を一つ解決できたが、新たな問題が生まれてしまった。パンが恋しくなってしまったのである。
そのため、彼が以前食べていたパンの代わりになる食品を探し始めた。彼らは健康食品ショップで小麦以外で作られたパンをいくつか見つけたが、それは彼らに言わせれば、パンというよりも乾燥した建築用木材のような味の代物であった。
「それで自分たちで焼こうということになったの。でも大変だった!すぐにスペルト小麦パンは、普通の小麦のパンのようには焼けないということが分かったの。スペルト小麦のパン生地はものすごくベトベトするのよ」と、アンネ=メッテは説明する。
施行錯誤の最中、モートンの弟のシェティルも助けに加わった。2年後3人は、生地を三回発酵させるというレシピを編み出した。三回目の発酵が最も重要なのである。
「ちょうど良いタイミングで生地をオーブンに入れないと、焼き上がりがうまくいかないのよ」と、アンネ=メッテ。
このパンは、オーブンに入れさえすればOKというパンではない。計画性と忍耐力の必要なパンだ。
「パンを焼く日には、パンが発酵するスケジュールに会わせて、人に会う約束や用事の予定を立てるの」と、アンネ=メッテは言う。
- 1週間に16個ものパン -
しかし、大変な仕事も報われたようだ。最近のモートンは前よりもエネルギッシュで健康的である。
「小麦を食べなくなった途端に疲労感が無くなったんだ」と、小麦製のパスタやジャガイモも食べないモートンは言う。彼は1年半ほどこの食事療法を続けていて、旅に出かけるときには、このパンを持って行く。
昨年の秋にa-haのツアーを行ったときも、モートンはスーツケースにパンを8個入れていった。これで1週間分である。
「モートンは小麦アレルギーというわけではないの。血液検査でも、どうして小麦に対して反応が出るのか分からなかった。でも、食べ物に対して反応を起こしやすいのね。私も、スペルト小麦のパンを食べた時の方が、消化が良いみたい」と、アンネ=メッテは言う。
モートンは、スペルト小麦と普通の小麦の成分にはそれほど違いは無いのだと説明する。それなのに、この二つの小麦に対して、体の反応のしかたがかなり違うという人が多いのである。
「なぜなのかはまだ分かっていないんだ。体に対する反応はしっかりと見極める必要があるけれど、小麦やグルテンに対するアレルギーがある人には、スペルト小麦もダメという人が多いんだ」と、モートンは言う。
アンネ=メッテのスペルト小麦パンは、二人の友人たちの間で絶賛されている。友人たちは彼らの家に寄った時には、このスペルト小麦パンを食べたがるのだ。モートンの上の3人の子供たちも、モートンの家に来ると、スペルト小麦のパンをたっぷりと食べる。
「最初は、子供たちには他の種類のパンを買っておいたのだけれど、もう買わなくなったの。みんな私のパンを食べたがるのよ。うれしいわね。1週間に12個から16個もパンを焼かなくてはならないことになってしまったけれど」と、アンネ=メッテは言う。
「なんだか僕たちはパンだけ食べているみたいだね。でも、そうじゃないよ。バラエティーに富んだ食事を取ることが大切なんだからね」と、モートンは力説する。
といっても、モートン宅では、平均して週に10個のパンを食べているわけですけどね!
モートンはそれまで、食事については単純なタイプで、出されたものなら何でも食べるという人だった。テーブルの上に大きなケーキや甘いデザートがあったら、もちろん食べていた。その点は今でも変わりない。
「モートンはケーキのことになると、どうしようもない人なのよ」と、アンネ=メッテ・ウンドリエンも言う。彼女は今、二人の間に生まれた一歳の娘ヘニーの育児のために、在宅で仕事をしている。
実は、このインタビューでは、モートン・ハルケットについて聞く予定は無かったのである。キッチンのテーブルに、モートンの席が用意していなかったのは、そのためである。しかし、突然彼はキッチンにフラフラと入って来た。当誌「Hjemmet」の記者が近くにいたので、ポップミュージック界のキングのアンテナが反応したんでしょうか。そんなわけで、当誌は彼の話は非常に分かりにくいのも承知だが、これまで何度もインタビューを断られてきたこともあり、時間のかかるインタビューを行うことにした。
見るからにモートンは、彼が真剣に考えている問題について−つまり、彼のガールフレンドのスペルト小麦パンとその健康に与える利点について−の意見を当誌と分かち合いたくてしかたないようである。
「僕は他の人に、ああしろこうしろとは言うつもりは無いよ。ただ、スペルト小麦パンが僕にとってどれだけ良い効果があったか分かっているし、他の人にとっても良いものだと信じているだけだ」と、モートンは言う。
辛抱強いけれども、パン焼きについては素人だった、彼のガールフレンドのアンネ=メッテが、正にこのキッチン内で作り上げたパンについての話である。
「彼女は最初は、何の知識も無かったんだ。この人はパンを焼けなかったんだよ!イーストで発酵させたパン生地がどういう状態になればいいのか考えたのは僕なんだよ。僕はティーンエイジャーの時からパンを焼いていたからね。でも今では彼女の方が僕よりも上手に焼けるようになってしまった」と、モートン。
- 健康を意識して、小麦を除去 -
「私がモートンとであった5年前には、彼は時々、すごく疲労感を感じると言っていたの。でもそれは別に睡眠不足とは関係無かったのね。朝食後に眠くなってしまって、そういうときはひどくイライラしていたわね」と、アンネ=メッテは言う。
何かがおかしかったのだが、ようやく彼らは食べ物が原因だということが分かった。それで、彼らは何を始めたのだろう?
「a-haが活動を再開したころ、マグネ・フルホルメンは心臓に問題を抱えていて、その関係で血液型ダイエットを始めたんだ。この食事療法がマグネに良い効果があったみたいで、誰もがマグネを見て食事と健康に気をつかうべきだと思うようになったんだよ」と、モートン。
血液型ダイエットによると、モートンがよく感じていた疲労感は、小麦製品が原因だという。そこで食事から小麦を除去してみたところ、すぐに効果が表れたのである。これで、モートンは問題を一つ解決できたが、新たな問題が生まれてしまった。パンが恋しくなってしまったのである。
そのため、彼が以前食べていたパンの代わりになる食品を探し始めた。彼らは健康食品ショップで小麦以外で作られたパンをいくつか見つけたが、それは彼らに言わせれば、パンというよりも乾燥した建築用木材のような味の代物であった。
「それで自分たちで焼こうということになったの。でも大変だった!すぐにスペルト小麦パンは、普通の小麦のパンのようには焼けないということが分かったの。スペルト小麦のパン生地はものすごくベトベトするのよ」と、アンネ=メッテは説明する。
施行錯誤の最中、モートンの弟のシェティルも助けに加わった。2年後3人は、生地を三回発酵させるというレシピを編み出した。三回目の発酵が最も重要なのである。
「ちょうど良いタイミングで生地をオーブンに入れないと、焼き上がりがうまくいかないのよ」と、アンネ=メッテ。
このパンは、オーブンに入れさえすればOKというパンではない。計画性と忍耐力の必要なパンだ。
「パンを焼く日には、パンが発酵するスケジュールに会わせて、人に会う約束や用事の予定を立てるの」と、アンネ=メッテは言う。
- 1週間に16個ものパン -
しかし、大変な仕事も報われたようだ。最近のモートンは前よりもエネルギッシュで健康的である。
「小麦を食べなくなった途端に疲労感が無くなったんだ」と、小麦製のパスタやジャガイモも食べないモートンは言う。彼は1年半ほどこの食事療法を続けていて、旅に出かけるときには、このパンを持って行く。
昨年の秋にa-haのツアーを行ったときも、モートンはスーツケースにパンを8個入れていった。これで1週間分である。
「モートンは小麦アレルギーというわけではないの。血液検査でも、どうして小麦に対して反応が出るのか分からなかった。でも、食べ物に対して反応を起こしやすいのね。私も、スペルト小麦のパンを食べた時の方が、消化が良いみたい」と、アンネ=メッテは言う。
モートンは、スペルト小麦と普通の小麦の成分にはそれほど違いは無いのだと説明する。それなのに、この二つの小麦に対して、体の反応のしかたがかなり違うという人が多いのである。
「なぜなのかはまだ分かっていないんだ。体に対する反応はしっかりと見極める必要があるけれど、小麦やグルテンに対するアレルギーがある人には、スペルト小麦もダメという人が多いんだ」と、モートンは言う。
アンネ=メッテのスペルト小麦パンは、二人の友人たちの間で絶賛されている。友人たちは彼らの家に寄った時には、このスペルト小麦パンを食べたがるのだ。モートンの上の3人の子供たちも、モートンの家に来ると、スペルト小麦のパンをたっぷりと食べる。
「最初は、子供たちには他の種類のパンを買っておいたのだけれど、もう買わなくなったの。みんな私のパンを食べたがるのよ。うれしいわね。1週間に12個から16個もパンを焼かなくてはならないことになってしまったけれど」と、アンネ=メッテは言う。
「なんだか僕たちはパンだけ食べているみたいだね。でも、そうじゃないよ。バラエティーに富んだ食事を取ることが大切なんだからね」と、モートンは力説する。
といっても、モートン宅では、平均して週に10個のパンを食べているわけですけどね!
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2004-05-01
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ノルウェー-新聞- 13/02/04
Norge i Dag より 訳:Mayumi 協力:みこ
「生まれる前の生命に対して、どうして僕らに権利があるのか理解に苦しむよ。中絶の長期的な影響について、僕らは予見することはできないからね」とモートン・ハルケットは語りました。中絶に対する自らの考えを明らかにすることで、人々にどう思われるかということを恐れてはいないようです。『中絶反対』の活動には、子供のころから携わっていると、ノルウェー・トゥデイのインタビューに答えました。
モートン・ハルケットは、おそらくヒューマン・ワース(人間の価値)の団体でもっとも有名なメンバーの一人でしょう。a-haのフロントマンが中絶の問題に特別に関わったのは、今回が初めてです。先週おこなわれた2004年度Livsvernpris授与式にもメンバーの一人として参加しました。
「僕がここにいる理由はずいぶん前にさかのぼるんだ。覚えている限り、僕の父はずいぶん前からヒューマン・ワースの活動に参加してきた。子供のころから生活の一部だったから、大人になってからも続けていくのは自然なことなんだ。」
ハルケットは、今回初めて中絶問題に関わったと説明しました。そして人生の終焉における『生命の権利』は重要であると強調しました。この問題には深くかかわり考えているようです。
「僕らは、家族のきずなが崩壊しつつある社会を作りかねない危険にさらされている。以前は、家族全員がひとつの屋根の下で共同生活するのが普通だったからね。」
そして、今の社会は、人生経験が豊富な年長者の言うことにあまり耳をかたむけようとしない若い世代を抱えていると言います。その結果が、人の生と死を真剣に受け止めようとしない社会になってしまった、と説明しました。
「中絶問題に関わっていることが、あなたのキャリアに結び付けられてしまうのは恐くないですか?」
「いや、そんなことを心配したことはないよ。」ハルケットは、この質問に少々面食らったようでした。
「これはいつでも僕の一部だからね。」
70年代、80年代の中絶反対運動について、モートン・ハルケットはこう語っています。
「中絶問題を解決するのにはさまざまな方法がある。市民抵抗に走り、テロリズムと似た行動をとってしまうこともある。運動にも大きな幅があるんだ。すべては、特殊な条件の元で理解することができる。」
自らは、市民抵抗自体は支持しないと答えましたが、同時にいずれ自分の信念と同じ場所にたどり着くだろうと説明しました。
「ノルウェーの市民抵抗運動を応援することには抵抗がある。そういう方法をとるのだったら慎重にならなければね。他の人の権利を侵害しかねないからね。協議をひらいて問題を解決する機会はいつだってあるんだ。」同時に、自由民権主義は少数派の意見も聞くべきである、そうすれば抗議活動は避けられると強調しました。
「生まれる前の生命に対して、僕らに権利があるのはどうしてなのか理解に苦しむよ。中絶の長期的な影響について、僕らは予見することはできないからね」とハルケットはしめくくりました。
ハルケットは、今回初めて中絶問題に関わったと説明しました。そして人生の終焉における『生命の権利』は重要であると強調しました。この問題には深くかかわり考えているようです。
「僕らは、家族のきずなが崩壊しつつある社会を作りかねない危険にさらされている。以前は、家族全員がひとつの屋根の下で共同生活するのが普通だったからね。」
そして、今の社会は、人生経験が豊富な年長者の言うことにあまり耳をかたむけようとしない若い世代を抱えていると言います。その結果が、人の生と死を真剣に受け止めようとしない社会になってしまった、と説明しました。
「中絶問題に関わっていることが、あなたのキャリアに結び付けられてしまうのは恐くないですか?」
「いや、そんなことを心配したことはないよ。」ハルケットは、この質問に少々面食らったようでした。
「これはいつでも僕の一部だからね。」
70年代、80年代の中絶反対運動について、モートン・ハルケットはこう語っています。
「中絶問題を解決するのにはさまざまな方法がある。市民抵抗に走り、テロリズムと似た行動をとってしまうこともある。運動にも大きな幅があるんだ。すべては、特殊な条件の元で理解することができる。」
自らは、市民抵抗自体は支持しないと答えましたが、同時にいずれ自分の信念と同じ場所にたどり着くだろうと説明しました。
「ノルウェーの市民抵抗運動を応援することには抵抗がある。そういう方法をとるのだったら慎重にならなければね。他の人の権利を侵害しかねないからね。協議をひらいて問題を解決する機会はいつだってあるんだ。」同時に、自由民権主義は少数派の意見も聞くべきである、そうすれば抗議活動は避けられると強調しました。
「生まれる前の生命に対して、僕らに権利があるのはどうしてなのか理解に苦しむよ。中絶の長期的な影響について、僕らは予見することはできないからね」とハルケットはしめくくりました。
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2004-02-13
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