a-haデビュー前ロンドンにて
◆「ローレンはダンスフロアにいた。彼女はつい2日前にロンドンに来たばかりで、ひどいアメリカの服でCamden Palaceに現れたんだ。完ぺきに場違い。僕は何も出来なかったけれど、そんな彼女に恋をしたんだ!」
ポールは、ロンドンへ勉強のためにやって来ていた、ボストンからの才能溢れるユダヤ人の女性、ローレン・サヴォイと出会い、激しく恋に落ちた。その頃夜になると、最新流行のディスコでは、Camden Palaceがロンドンに訪れる若者たちにとっての必修プログラムの1つとなっていた。それで、多少しぶしぶではあったが、ローカル・ファッションの傾向をちょっとだけ理解しようと、ローレンは数人と友人とCamden Palaceの大きな再建されたシアターにやってきたのだ。
その晩の客には、ほとんど常連であったa-haの他に、クラブのマネージャーで、人気が下り坂のグループVisageのシンガー、Steve Strangeがいた。(彼は以前、モートンの下半身をぎゅっと掴んで、一晩一緒に過ごそうと説得したことがある。モートンが自分はゲイでもバイでもない、完ぺきなストレートだ、と告げると、彼は身を離して「何てつまらないの!」と不平を言った。)音楽業界に大なり小なり影響力を持っている誰もが、遅かれ早かれCamden Palaceに現れる、だから出会うには良い場所だった。その上、マグスはクラブの長い混雑したバーから、飲み物を盗むのがとても簡単だと発見していた。
その晩のポールは、いつものことだったが、ドラキュラの娘や服装倒錯者と争えるような恰好をしていた。ギターの弦のように痩せていて、髪を白くし、顔には茶色のメーキャップを過剰に塗っていたポールは、とても健康なノルウェー青年の典型とはほど遠かった。自然や野性味の欠如を補うため、別の惑星から取り寄せたような合成の虎の皮を身につけていた。その上にバッファローの皮のツーピースのスーツ。
ローレンもまたとても目につく恰好をしていた。ポールは、ドレスアップしたかかし達の中で浮いている、長い黒い髪を持った慎み深く、気取らない女性に気付いた。ポールは革のブレスレットとヘアジェルをぷんぷんさせながらローレンの周りをうろつき、彼女の正気を失わせるほどに怯えさせた。
ポールは、それが本当に重要だという時、いつも衝動的に行動することができる。最初にローレンを見た時から、彼女が自分の生涯唯一の女性だと分かっていた。ポールは熱心にアプローチし、ローレンも最初は懐疑的であったが、ついにまたポールと会うことに同意した。
両手に汗をかきながら、2人はQueenswayにあるアメリカン・レストラン、The Texas Lone Starで最初のデートをした。熱心なカントリー・バンドが信じられないほどやかましく演奏している中、ローレンは緊張からとても早口で話をしたので、ポールはたった1文もまともに理解出来なかった。しかし静かに座り、ローレンの目を深く見つめたまま、時々感情をこめてうなずいた。この作戦は上手くいき、ローレンは後にこう語っている。「ポールは私が今までに会ったことのある人の中で、最も知的な人だと思ったわ。とっても聞き上手!」
◆くすくす笑いながら、2人の少女がスタジオに入って来た。マグスは這いつくばりながら、うまく動かないアンプとの格闘に集中していた。コントロール室のデスクの向こうに座っているポールはそこから見えない。「来たわよ、ポール」2人の少女はくすくす笑いながら、声を揃えて言った。「ワインを持ってきたわ。あら、ポール、このボタンを見てよ!」
ポールは神経質そうに歯を噛んだ。ポールはこの2人のやせっぽちのオスロの少女達をスタジオに来るように招いたのだ、多分同じ国だという衝動的な気持ちから。a-haがワーナーと契約したという夢のような話が、母国に気付かれないでいられるはずがなかった。プレスは既にポップヒーローの像を、ノルウエーの少女達の胸に刻み始めていた。a-haは良い呼び物になっていた。そして少女達は喜んでやって来た。
2人の少女は、誘惑するオンナという役に酔いしれていた。しかし濃いメイク、大胆な服と仰々しい動きも、誰かがアルコール法を破ってロゼワインを2人に与えたのだという事実を隠すことは出来なかった。しかも既に数本のボトルが開けられていた。
「えっと…」ポールはどもりながら言った。「ええ、ああ、ゴホン、ゴホン、来たんだ、きみたち。今日ここで会うとは思ってなかったなあ」
「あら、でもポール、私たち、あなたの邪魔はしてないわよね?」と1人の少女が官能的にいなないて、ポールの汗をかいた額を冷たく湿っぽい指で撫でた。
「え、いや、いや。もちろんそんなことはないさ。ただ僕らは5、6曲伴奏を決めて、シングル用にB面をいくつかミキシングしようと思っていたから。大した問題じゃないよ、ははは」
「あなたもワインを飲んでよ」ともう1人の少女があえぐように言い、自分の細くて高いヒールにつまずいた。ポールとコントロールデスクは、発泡性のロゼワインの洗礼を受けた。
「まあ!」罪深き2人の少女は驚いて声をあげた。
「何てこった」ポールはため息をついた。
コントロールデスクは衝撃音と共にショートして、メーターはゼロまで下がった。
マグスがアンプから顔をあげ、膝をついて起きあがった。正面に見えたのは、シースルーのブラウスで自分たちのやり方を強要しようとしている、2人の女性の特大サイズの胸だった。コントロール室で、ポールは痛々しいほどに困り果て、まっすぐに凝視して座っていた。
「コントロールデスクがショートしちゃったよ、マグス」
「あら、あなたがマグネなの!」胸の持ち主はそう言って、酔っぱらった抱擁でマグスを溺死させようとした。
家へと向かいながら、マグスは疲れ果てていた。
「何だよ。今日スタジオにグルーピーを呼んだなら、そう言ってくれれば良かったのに!」
ポールはどうしようもないだろう、という仕草をした。
「僕に何が出来たって?あの子たち、16歳だよ!」
◆ポールは膝の上にギターを抱え、じっと考えながら多くの夜を過ごしていた。楽器でいくつかのメロディーを選んだり、次のステップの計画を立てていても、彼の考えを独占していたのはいつもバンドのことだった。偉い人に直接アタックするのが不可能なことは、すでによく分かっていた。約束を取り付けるには、身元保証人が必要だ。エージェントか、マネージャーか、出版社か、誰か。そこでポールは、前の年に話をしたライオンハート出版社を思い出した。Poem(※Bridgesはアルバムリリース後、バンド名をPoemと変えました。)はもちろん断固として断られていたが、今は状況が違う。誰も10年後のa-haを非難することは出来ない。
ついに3人は探していたものを手に入れた。ライオンハートが彼らに会うことを望んだのだ。
面会が行われるはずだった前日の夕暮れ、マグスはDalgarno Gardensをシェアしていた友人たちを部屋から出す手助けをしていた。彼らがすぐにタクシーが必要だというようなことを言ったので、マグスは彼らを追い出す機会を逃してはならないと思い、肩にシャツをかけ、足にはすり切れた靴下だけという恰好で、通りに走り出た。「タクシー!」と誰かが叫ぶ前に、マグスは車の屋根の上に這い出し、待機中の警官に掴まえられた。
警官のホイッスルはけたたましく鳴り、2分後、マグスは驚いた友人たちと警官の大騒ぎに囲まれて立っていた。その晩、売春婦とわいせつな同性愛者とともに、マグスは湿った独房で凍えながら一夜を過ごした。
マグスは『酩酊と無秩序』の罪で、翌朝10ポンドの罰金を課された。その部屋には、財布を開けたポールもいた。
モートンは2人よりもラッキーだった。同じ朝、ライオンハートで彼らはついにNærsnesで秋に作ったデモテープの評価を得た。とても評判が良く、契約も間近だと暗に言われた。ただ1つ問題があった。ライオンハートのリチャードは、新曲でもっと良いデモが必要だ、そしてそれにかかる資金はもちろん自分たちで用意しなければならない、と述べたのだ。そんなお金はなかったし、ノルウェーに帰るしかない。ポールはイギリスにとどまった、おそらく連絡係が必要だろうということ、しかし主に不名誉なことに直面するのを避けるためだった。
3月の半ば、ノルウェーのDikemark病院では、働き手を必要としていた。モートンとマグスは3週間をそこの人々と過ごした。空き時間には同情的な友人たちと共に不本意な旅を祝った。モートンは去年会ったきりのArild Fetveitとまた会うことも出来た。
Sporty Morty and the Houserockersという魅力的な名で、2人はホットハウス(オスロのナイトクラブ)に戻ってきた。この時は壁からヒューズを吹き飛ばすような音楽をした。その晩は奇妙な終わり方だった。ステージから遠く離れた、暗いコーナーの1つのテーブルに座っていた金持ちの気取り屋が、ショーを買い取るぞという勢いのアーティストにシャンペンの大瓶を送ってきたのだ。
イギリスで、ポールは自分の美意識を全うした生活を送っていた。モートンとマグスがノルウェーに旅立ってすぐに、Dalgarno Gardensから引っ越した。次の数週間は、町で一番安い食べ物、中華料理のお持ち帰りを食べて、最低の生活水準で生活をした。ポールはバラックに住み、1日に1ポンドも食事を取らなかった。そして音楽作りに専念した。
1人になってから1週間、ポールは2人の大麻を吸うエンジニアに会った。彼らの煙いスタジオで、ポールは装置を扱い、結果としていくつかのテープとひどい頭痛が残った。
モートンとマグスが4月の初めに戻ると、ポールは2人と一緒にホテルの部屋へと引っ越した。記録的な時間で、3人はQueensway近くのOrfalay Houseにきちんとしたアパートを見付けた。そしていろいろな音楽刊行物をざっと見て、町の8つのスタジオに目を付けた。
SydenhamにあるRendezvousスタジオを選んだ、マグスによると、スペース・インベーダーのゲームマシンがあると宣伝に載っていたのは、そこだけだったから。あいにく3人が思っていたよりも、設備に慣れるには時間がかかった。予約した時間がなくなってきた時、まだテープには2曲しか入っていなかった。スタジオをもっと借りるということは、3人がアパートを去らなければならないということを意味していた。そして、そのすぐ後には、アパートだけでなく、祖国へも…。
同時に、3人がまだ想像することも出来なかった結果を起こす、あることが起き始めていた。
スタジオのマネージャー、ジョン・ラトクリフは3人の外国人に気付いていた。おそらく、自分たちの紹介をするなどという、Rendezvousスタジオではめったにやらないようなことを3人がして、彼を驚かせたからだろう。彼と話をしに来る人は、不平や値段の交渉ばかりだったのだ。ラトクリフは3人のテープを聴き、『Dot the I』というナイーブで魅力的な曲を気に入った。ポールが料金を支払うために彼のオフィスに来た時、ラトクリフは業界で影響力のある彼の友人に、3人のテープを聴かせてみたいがどうか、と言ってきた。3人は藁をもつかむ思いで、このチャンスを掴んだ。
一方、ライオンハートへの3人の信頼は、かなり冷えていた。デモが出来あがったが、これから数ヶ月は何も起こらないだろうと言われた。上の人の注意を引くには時間がかかるのだ。a-haは、もし9ヶ月の内にライオンハートが彼らのためにレコーディング契約を取れなくても、契約を取りやめる以外の権利を一切持たないという契約を申し出られた。小さな出版会社は、お金ではなく、時間を提供したのだ。
ポール、マグスとモートンは、思いきった手段に出ることにした。ライオンハートに、ジョン・ラトクリフにテープを渡し、彼はそれをテリー・スレイターという人物に渡すのだと告げるのだ。ライオンハートから前払い金を絞り出すため、すべての武器を意のままに使え。
リージェント・ストリートのランチ・カウンターで30分ほど話し、3人の計画は用意が出来た。ポールはライオンの住みかへと向かった。ポールが爆弾を落とすまで、全ては微笑みと和やかな雰囲気にあった。爆発。10分後、灰となり、汗びっしりになりながら、ポールは2人のところに戻ってきた。侮辱の言葉が、まだポールの耳に鳴り響いていた。
静かで、意気消沈した週末であった。ラトクリフからの返事はまだなく、みじめさでいっぱいだった。彼らに残っていたのは、この5ヶ月間苦労してやってきた全てが無駄に終わるという不愉快な確信だけだった。
月曜の朝早く、とても機嫌の良かったポールは、Orfalay Houseの階段と、部屋に入るときにつまずいた。ホールで電話が鳴り、3人は電話の音に起きていた。電話の主ははジョン・ラトクリフだった。「テリーが気に入ったぞ!」
◆テリー・スレイターのデモ・テープへの熱意が何を意味しているかは、3人はこの時まだ分かっていなかった。彼が関心をもってくれたのは、暗い空にたった1つの導きの星だ。a-haは金、契約、問題の解決、何も持っていない。ライオンハートは今や敵側であり、スレーターの関心は彼らの最後の希望だ。3人は素晴らしい鳥が、その羽を自分たちの方までのばし、守ってくれることになったのだということを、ゆっくりと理解し始めていた。
テリー・スレイターは音楽業界の伝説であった。彼の新人発掘の能力は、EMIの超高層ビルの天辺へ彼を導いていた。彼は皆から敬意を払われていたが、その敬意というのはビジネスを上手くやりくりするからというよりも、有名アーティストだけではなく、結局のところ音楽が作られている草の根レベルのロックの世界をよく理解しているからだった。ビートルズが60年代初期、ハンブルグでビールやサンドイッチ、お小遣い欲しさに演奏をしていた頃、スレーターは既にビートルズと会っていた。そして10年、エブリィ・ブラザーズと一緒に歌を書き、ベースを演奏していた。
テリー・スレーターはレコード業界の上の人間を知り尽くしていた。そして彼らは、彼と彼の発見した黄金の卵たちをよく知っていた。スレーターは、クィーンをEMIに連れてきた人間だ。後に彼は、ケイト・ブッシュ、デュラン・デュラン、カジャグーグーのようなアーティストも掴まえている。a-haのデモテープを聴いた頃、スレーターはちょうど自発的に会社を離れ、仕事をしていない状態であった。彼は自分の才能、経験、影響力をたった1つのプロジェクトに注ぎ込みたいと思っていた。そのプロジェクトは、絶対的に信頼をおけるものでなくてはいけない。カジャグーグーのリマールは既にスレーターと連絡を取っていて、マネージャーとして力を貸す契約をして欲しいと望んでいた。スレーターはそれを、丁寧だがきっぱりと断った。彼はもっと大物を狙っていたのだ。
EMIで働いていた時、スレーターはフロントマンとソングライターがジョン・ラトクリフという名のグループとほとんど契約するところだった。ところが会社はデュラン・デュラン売り出しに多くの予算を確保していたので、結局、元スタントマンで短距離選手、さらにレースカードライバーだった彼とはレコード契約をしなかった。しかしラトクリフとスレーターは連絡をとり続けた。契約がなくなった補償として、ラトクリフはEMIから1万ポンドの要求をし、信じられない大胆さで、彼は実際にそれを受け取った。このお金を使い、苦労してラトクリフはRendezvousスタジオを建てた。後にa-haが魅力的なマナーと魅惑的な音楽と共にやってきたスタジオである。
スレーターの熱意は、ジョン・ラトクリフが必要としたものだった。正真正銘のワーカホリックのように、彼は持っている全てをa-haへと注いだ。3人はすぐにもっと多くの曲作りをするようにと言われた。時間と通勤のお金を節約するために、Rendezvousの近く、221 Dartmouth Roadにアパートを見付けた。行き詰まりから救われたことで有頂天になった3人は、新曲のレコーディングに夢中になった。次の数週間の間にレコーディングされた5、6曲は、ジョンとテリーを小躍りさせた。元々2人はa-haでシングルを出そうと考えていたが、すぐにもっと大きなことをしていいいのだということが明らかになった。テリーはa-haに教えた、彼が彼らをトップへと導く計画をしていること、レコード契約への最初の正式なステップとして、T&Jマネージメントを作ったことを。
T&Jマネージメント(T&Jはテリーとジョンを表す)はa-haと運命を共にすることになるだろう。a-haが音楽を提供している間、2人の英国人はマネージメント全般の世話をする。収入は25%がそれぞれのバンドメンバーに、残りの25%をテリーとジョンで分けるようにする。
マネージメントの取引が決まるとすぐに、テリーはいくつかの音楽出版社に働きかけ始めた。そのような会社との契約は、権利を任せてしまうというより、自分たちの曲の権利をa-haが管理するということを保証するのに必要だった。その間、ジョンは自分のポケットマネーで、金の卵を産むことを望みながら、ガチョウたちの家賃と食費を払っていた。彼は長い間待つ必要はなかった。
1983年6月、ビートルズの曲の権利を所有している会社、ATVのPeter Cornishは、Rendezvousの薄暗がりと混雑している部屋で、ワイヤーとマイクスタンドの間でのa-haの初ライブパフォーマンスを聞いた人々の中にいた。彼らの演奏は、Cornishの心に確かな物を残した。契約のすぐ後には、3000ポンドの前金がテーブルに置かれていた。これは、ポール、マグス、そしてモートンが初めてSydenhamのスタジオを訪れるために、Forest Hill駅で列車を降りてから、まだ2ヶ月経っていない出来事だ。
しかしテリー・スレイターはそんなもので満足したりはしなかった。いくつかの懐疑的なレコード会社のために7月に同様のパフォーマンスを準備した。RCA、EMI、ワーナー・ブラザーズ、CBS、そしてフォノグラムといった大手のボスだけが招待された。テリーはa-haが最高の経済的、技術的サポートを得られるという保証が欲しかった。
6月になり暖かくなった。Sydenhamで、a-haは楽器の調整をしていた。
アンドリュー・ウィックハムは、Wardourストリートにある会社を後にし、ロンドンでも貧しい地区のひとつにある小さな地下の部屋へと歩き回った。彼はこの町にいる数ヶ月間、何の結果も得られないまま、こうしてあちこち歩き回っていた。
同じ週の初めに、彼はEMIのスカウト部ヘッドの仕事を辞めたばかりの昔の同僚から電話をもらった。副社長のウィックハムはこの時、会社が探しているアーティストの類ではない、口が悪くて短気なミュージシャンとは会わないとことにしていた。ワーナーのマネージメントはちょうど稼ぎのないミュージシャンを一掃し、半分にしたところだったが、イギリスでは彼らの代わりを見付けるのは容易ではなかった。彼は探しまくっていたが、今のところBurbankに報告するような人材は見付けていなかった。そして今、スレイターのプロジェクトの番が来た。Rendezvousスタジオで、小さな練習室で演奏するための伴奏のテープが準備されていた。ポール、モートン、そしてとても眠そうなマグスは、少しも緊張している様子もなく、彼らの楽器、ピン・ボールゲームと鏡の間をうろうろ歩いていた。
そこでワーナーの彼は椅子に反り返って座り、スレーターは彼の横に座った。a-haは彼らの持つ音楽、舞台での魅力の全てを総動員して演奏した−まだポーズでの経験がほとんどなかったので、その時は自然にまかせるしかなかった。
アンドリュー・ウィックハムは見て、そして聴いた。数分後には気持ちは決まった。
「テリー、こいつらを俺にくれ−100万出すよ!」
※参考『Så blåser det på jorden』『Boken om A-ha』他
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