真っ黒い悪魔の上で燃やされるキリスト <NettPuls PART 1 23/02/99>
訳:Mayumi
彼が、15年間ノルウェーでいちばん有名なポップアイドルであリ続けているのは間違い無い。Aquaのレーネは彼よりもアルバムをたくさん売ったが、彼女はこれとは別のカテゴリーに属する人である。a-haはかつて、そして現在でも(?)たいへん“素晴らしい”ポップバンドだ!a-haはカムバックを計画中と聞いているが、カムバック前の空いている時間に、彼は珍しくPULSのインタビューを受けた。みなさん、なんと彼は全部で2000万枚もアルバムを売った人物なのです!
幼少時代、モートン・ハルケットはエレクトリック・ギターの音を聞いたことはほとんどなかった。しかし、彼には鉄の意志があり、さらに並外れた適応能力を持っていた。ユーライア・ヒープの『Wonderworld(邦題:幻夢劇)』(1975年)のおかげで、モートンは救いようがないくらい音楽にのめりこんだ。そして、音楽の力で世界を変えられると信じるようになった。
「僕らは実際に演奏をすることが少なかった。もっぱら頭のなかでプレイしていたんだ」モートンは、音楽キャリアのスタートを切った頃をそう回想した。
『Spirit Battle』 (精神の闘い)
だからといって、モートンとバンド仲間が、何のヴィジョンも持たない普通の少年だったとはいいきれない。初期の作品『Spirit Battle』は、野心的なミュージカル作品で、アルバムジャケットには、真っ黒な悪魔の上で燃えるキリストが描かれていた!話は70年代にさかのぼる。モートン・ハルケットとGeir Kolbuはオスロのトリニティー教会にある巨大なパイプオルガンを使って演奏した。
アルバムジャケット自体は、音楽が出来あがる大分前から完成していた。アルバムは結局リリースされることは無かった。いかがです、ハルケットさん、1999年の今、同じジャケットでそのレコードをリリースしては?
「それはないよ。自分の頭の中では、何十万人もの観客がいるコンサートでこのアルバムを演奏したんだ。ハハハ!」
ソルジャーブルー(Soldier Blue)
モートン・ハルケットは、70年代の壮麗なプログレッシブ・ロックに深くのめりこんだ。ピンク・フロイドの『The Wall(邦題:ザ・ウォール)』フレディー・マーキュリー(クイーン)そして、ユーライア・ヒープやジェネシスに夢中になった。わたしたちは、(プログレの)長いイントロ、間奏、小休止部分、深刻なテーマ、芝居じみた大げさな演出やコンセプトアルバムにつして語り合った。モートンはプログレに傾倒していたのにもかかわらず、全員の予想と意思に反して180度違った世界へ引きこまれた。一種の自分自身へ課した責め苦とでもいえるかもしれない。生粋のブルースバンドであるソルジャーブルーに参加することになったのである。(英訳者からの注釈:わたしが読んだ
記事のどれもがSouldier Blueと記載していました)
「僕はブルースがおおっぴらに嫌いだった。ブルースはものすごく退屈で、のんびりしていて、繰り返しばかりで、どちらかというと知性に乏しく興味を引かなかった。ソルジャーブルーは、最初伝統的な古いブルースばかり演奏していた。ブルースへの反発がモチベーションになってやってみることになったんだ。理解するようになって、僕の中で何かが起こった。ブルースをやってみることは、僕にとって必要な小さな変化だったんだ。それがきっかけになって、今やっていることをやることになったのだからね」
「とても微妙なことで、小さな決断だったんだ。ある意味、僕の中の原動力が影響を及ぼしたんだと思う。僕は、自分がまったく興味が無くて、嫌いだったブルースをやることに同意した。“自分の”要望や“自分の”流儀からの反応は何も感じなかったんだ。ブルースを歌うことは、恐ろしく退屈だった」
「同時に、自分が理解していなかったものも存在するに違いないということがわかった。僕の心の受容体がどこかおかしかったんだろうね。僕は口をつぐんで、他のことには深入りせず、やるべきことだけをやった。リハーサルにちゃんと参加して、良い子のように歌った。まるで丁稚奉公を卒業するための試験を受けているようだったよ。それまでは、僕はいつでもボスだったし、まるで自分が全てわかっているように振舞ったから、周りのみんなをかっかさせていたよ」モートンは当時を回想する。
モートンはわたしをおちょくっている!
ソルジャーブルー時代に振りかえりながら、彼にはたいてい言い争いで決定的な一言(それが正しいか正しくないかはさておき)を放つ才能があるという、多くの公言を証明するエピソードを思い出した。ある高名な白人ブルースシンガー(女性)は、白人がブルースを歌うのはとても難しいということについて話をしていた。そのシンガーの名前はここでは伏せるが、そのことで10年間も悩んでいたと言った。モートンは、その言葉に反論して、7、8ヶ月で自分はそれを乗り越えられると明言した。
「ある曲について話をしていたんだ。それは『A Change is Gonna Come』という曲で、彼らに言わせると、白人には歌えないという。そんなのくだらない主張だと思った。個人的に実際白人がその曲を歌えるかどうか知らなかったけれどね。そういうことではないんだ。黒人、白人とか関係無い。全く関係無い。多くの黒人がどのような大人になるかは、幼少時代の環境が大きく影響しているということは事実だよ。しかし、同じような経験をしている薄ピンク色の金髪の少年にも起こることだといえる。僕にとっては、そういった違いが事実だと思うこと自体馬鹿げているよ」
このエピソードは、女性ブルースシンガーが、『モートン・ハルケットはわたしを“おちょくっている”!』と叫んだところで終わりを告げた。
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