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真っ黒い悪魔の上で燃やされるキリスト <NettPuls PART 2 10/03/99>

訳:Mayumi

「ポールとマグネは、僕が歌ったり実際に演奏するのを見る前からバンドに欲しがった。でかい態度と個性こそが全てだったんだ。最初、彼らは僕をドラマーとして欲しがった。ポールは、誰もボーカルに迎える気がなかった。同時に僕には、僕以外シンガーにはなれない、とわかっていた」ノルウェーで最も有名なスターであるモートンは、インタビューの第2部でそう語った。(この部分を)どこで読んだのか覚えておいてください。これから話が終わるまでかなりの長さを擁します。

ソルジャーブルー時代、モートンはマグネ・フルホルメンとポール・ワークターに出会った。1979年のことである。ポールとマグネにとっての初めての本格的なバンドであるブリッジスに、モートンは感心した。モートン、マグネ、ポールは3人のまったく違う個性である。しかし、お互い、大きな音楽的野心という共通点を見出した。

a-haは1982年の9月に誕生した。

マグネとポールとの出会い

「ブリッジスは、僕のずっと先をいっていた。すでに、ポールとマグネは才能あるソングライターで、ものすごく成熟していた。ブリッジスは世界的なレベルのミュージシャンともう少しで肩を並べられるレベルに達していた。ブリッジスのアルバム『Fakkeltog』(1980年リリース)には、とても感銘を受けた。そして僕の状況をがらりと変えることになった。ポールとマグネは、自分たちが行きたいところへ行けるだけの力を持っていた。ノルウェーで彼らのようなバンドにめぐり合えたことはまさに衝撃だったよ。すごく興奮した。すでに障害は何もなかったんだ」

そしてa-haの歴史が始まった。

ローリングストーン誌の取材を断る

a-haは新たに再結成し、『失敗という言葉は選択に無い』という原理にしたがって、国際的に成功を収めた。彼らは、成功を“したら”という言葉は使わなかった。そうではなく、成功する“とき”について話をした。

『Take On Me』はビルボード誌のシングルチャートで1位に達した。1985年9月だったが、いまだに歴史的な瞬間である。ローリングストーン誌のインタビューと、ジョニー・カーソン・ショーの出演を断ったのにもかかわらず、リオ・デ・ジャネイロでは20万人もの観客を前に演奏した。

商業的成功を収めれば収めるほど、ノルウェーのマスコミは彼らを”参らせよう“と躍起になった。マスコミの多くはa-haが大きく失敗することを“望んだ”。しかし、20万人の観客を動員したことはどう考えればよいのだろう…。

ノルウェーのプレス

モートンは、ノルウェーのマスコミが“a-haを参らせよう”とすることに対してある程度幻滅をしたようだ。

「彼らは、自分がどんなことを言っているのかわからないんだよ。事実を見ている人には、僕らがどんなにたくさんのTV番組に出演したか、どのくらいヒット曲をだしたのかわかっている…。ほとんどの人が信じていることは、重要さの順序が逆だということを言っているんだ。それとまったく同時に、プレスは海外で僕らが失敗したかのように書きたてた。それは80年代後半の話だけれど、当時ワーナーは僕らを国際的に最も売れたバンドとしてお祝いしてくれたんだよ。」

「それじゃ、銀行預金明細の上にあぐらをかいている人たちと、プレスとどっちが正しいと思う?馬鹿げているし、クレイジーだよ。世間はわかっていないんだ。いいかい、いつまでも文句ばかりいっているのは間違っているけれど、もう1度だけ言わせてもらう。ありのままに言わないのだったら語るべきではない。僕を全てから楽にして欲しいなんて誰からも望まないし、自分の能力以上に僕を持ち上げて欲しいなんて望んでいないよ。リオでは、僕らはライブコンサートの(※観客動員数の)世界記録を打ち立てた。これは歴史的な事実さ。僕が思いついたことでも他の人が本当だと信じ込んでいることでもないんだ」

「スペードはスペードにしかすぎない。それに慣れなければならないし、水に流さなければならないんだ。例えば、僕が他のみんなと違わないという振りをするのは馬鹿げているよ。僕はもちろんみんなと違う!僕個人の人生は他の人の人生とは違う。それは、僕が良いやつなのか悪いやつなのかという問題じゃないんだ。僕は自分の人生は少しばかり違うと言っているだけだよ」

a-haメンバーの間に飛び散る火花

新聞の見出しを読むと、a-haの再結成は予想通りになりそうだ。しかし、モートンとポール・ワークター・サヴォイの緊張状態は予想以上に高いと推測されている。

オスロの新聞社は、スパイを送りこむような真似をした。彼らは、Rockefellerで行われたSavoyの初ライブの後、モートンとポールの間に“険悪なムード”を感じたと告げている。

モートンが『a-haは友情を基本にしたバンドではない』と言ったのは、こういった推測から距離を置く必要を感じたからだろう。

「プレスには理解できないことだよ。彼らは絶対に理解“しよう”としないんだ。a-haは、友情を基本にしたバンドではない。どのみち友情は必要無かった。それは僕らが友人ではないという意味ではないよ。a-haは、常に“今起こっていること”を基本にしてきた。真剣で、大規模なプロジェクト、ものすごい規模のものを僕らはきちんとこなしていかなければならない。それは、僕らが一緒にやることに基づいているのではなく、それを超越しているだ。僕らはプロジェクトに深く関わっているからこそ一緒にいる。そして、僕らの私生活がある。僕ら個人の友人がいる」

「もちろん、とても親密に一緒に働いているときは、一緒にいろんなことをするし、お互いに情がうつるよ。メディアの頭が鈍いのはそこなんだ。彼らは、子供っぽいマンガの絵で、僕らの関係がどうあるのか描写してきた。プレスが、ポールと僕は互いに戦争状態である、と書きたてるのは、内心自分たちの間違いを隠そうとしているからだと思うね。彼らは逐一すべてをでっちあげた上、まるで“僕ら”がそう言っているようにみせかけるんだよ」

バンドがうまくいくために

「世間は、Savoyの『Daylight Wasting』は僕に平手打ちを食わせている曲なのではと疑っているようだね。そうだったらどうだっていうんだい?そんなことにはまったく興味無いね。a-haは昔も今も国際的に活動しているバンドで、国際的なバンドを導く強い勢いは問題を引き起こし得る。それを目の当たりにするのは構わない。いろんなことが起こるし、自分の感情を率直に表して自由になる必要があるんだ」

「ポールが自分の抱えている問題について詞を書いたとすると、自分のやりかたで言葉にしたいことがあったからだよ。それが、たとえ僕の背中を突き刺すことで“ある”にしてもね。僕はOKだよ。まったく構わない。僕はここに座って、彼が本当にそうする必要があるのかどうかよくわからないでいるけれど、そんなことは特に興味無いね。“そんなことには1秒たりとも惑わされないよ!”彼が活動を続けるのには何を必要としているのかということが問題なんだ。マグネにが活動を続けるのは何が必要なのか、そして僕には何が必要なのか…その後で、バンドが活動を続けるにには何が必要なのかということだよ。そうでなけれど、うまくいかないと思うよ。みんながハッピーで静止した状態を望んだことは1度もない。」

僕にはポールを変える事はできない

「最初は退屈なものだった。そして次は現実離れしていた。偶然に、マグネと僕の関係はポールとの関係とはまったく違うものになった。彼らはまったく違う生き物なんだ。ポールには 自分の物事のバランスをはかる自分の世界があって、それから僕に心のドアを開いてくれた。そのドアはマグネの心のドアとは違うんだ。僕とポールの間はかなり緊張があるよ」

「僕には、ポールの性質を変えることや彼を違う人間にすることはできない。それはまるでしまうまのしまを剥ぐようなものだよ。彼は彼自身だし、曲を書いたり、プロデュースすることができるし、彼らしいことをする。それだけさ。僕はただそれに対応したいだけで、現実の範囲で活動し、生産的であることを学んだ。だけど、そうするためにa-haを出る必要があった」

「自分がa-haの中でひどくくすんでしまっていることに気付いた。最後には、僕はポールがやっていることに貢献したり、理解することができなくなっていた。最後には、ポールはたくさんの責任を背負い、同時にほとんどをコントロールしていた。そしてバンドがうまくいかなくなった。僕は何の価値もないままそこに座っているだけだった。僕にはa-haでできることは何も無かったんだ」とモートンは当時を語った。

妹と一緒にBRAVOに掲載される

ノルウェーのマスコミだけがa-haのコンセプトを誤解していたのではなかった。外国のマスコミからも、a-haは初期の頃から不幸な10代のアイドル/一発屋というイメージをつけられた。それはバンドの懐の深さやクリエイティブであることへの野心とはまったく合い入れないものだった。当時、悲喜劇といえる事件があった。モートンは、ドイツの有名なティーン向け雑誌『Bravo』の表紙に載り、記事の見だしになった。『バンティー(・ベイリー、TOMのヴィデオに出演した女優)は僕が初めて本気になった女性』だった。ひとつ、小さな問題があった。モートンと一緒に映っていたのは、妹のイングンだったのだ。

2000-05-10 | EDIT
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