ノルウェー-雑誌(Hot Rod)- 03/03
訳:みこ
Hot Rod:世界中の人々がノルウェーのことを考えるとき4つのことを思い浮かべると思うのですが、それはさぞ誇らしいことでしょうね。つまり、フィヨルドと、バイキングと、悪魔主義者による教会焼き討ちとa-haの4つというわけなんですが。あなたたちはまるでノルウェー政府の一機関あるいは、生きた伝説のようになったわけですが、あまりにも有名で、自分自身やバンドの実態よりも大きな存在になってしまうというのは、どんな感じなのでしょうか?
マグネ:そのノルウェーのイメージは、もうちょっと明るいものにしてほしいんだけど…。君の挙げた4つのものから僕たちを抜いたら、ものすごく陰気くさい国みたいじゃないか?でも、僕たちに押しつけられた「大使」としての役割は、あまり楽しいものでもない。僕たちは、何かのスポーツのナショナル・チームじゃないんだから。
Hot Rod:あなたがまだ幼いときに亡くなったお父様もミュージシャンだったわけですが、彼は、あなたがキャリアを選ぶ上の道標となったのでしょうか?
マグネ:父が亡くなったことは、僕が人生において選択をせまられたときに、大きな影響があったと思う。もしかしたら、生きていたよりも、影響が大きかったかもしれない。僕がこれまで成し遂げてきたことのほとんどは、ある程度は、亡き父のために神殿を築くためのようなものだったから。
Hot Rod:幸運を求めてロンドンで過ごしていた頃、何を考えていましたか?
マグネ:ロンドンは11年の間、僕のホームタウンだった。あの街は、絶対にお金が無いときよりもお金のある時の方がいい街だね。僕は長い間、ロンドンには愛憎半ばする感情を抱いていたんだけれど、今年(訳注:2002年)ロンドンに戻ってみて、今ならまたここに住むことができると思ったよ。あの街には、薄汚れた華やかさと、芯の座ったところが入り混じった独特な雰囲気があって、なぜか僕はそれが大好きなんだ − 人を弱気にさせてくれるから。
Hot Rod::間もなく007の第20作目がリリースされます。1987年に『The Living Daylights』のサウンドトラック製作に参加して、007に関わったときは、どんな気持ちでしたか?偉大なる007その人にも会ったんですよね?
マグネ:偉大なる007が誰のことを指しているのかにもよるけれど‐ティモシー・ダルトンになら会ったよ。個人的には、彼はイマイチなキャスティングだったと思う。彼は舞台俳優としては本当に素晴らしいんだけれどね。彼がヴァネッサ・レッドグレイブ(さらにいい舞台俳優だね)と共演した舞台をロンドンで見たことがある。その後でボンド役の彼を見ると、ちょっとばかばかしい気がしたんだ…。 僕はロジャー・ムーアの方が好きだったな。彼のスタイルというか、あの眉の上げ下げとか、本当にいい演技だった!まあ、少なくともダルトンは、007にユーモアというものを持ちこんだわけで、それは悪いアイディアじゃないよね。ボンド映画では、いろいろな経験をしたよ。あのブロッコリ一家を取り巻いている「ボンド・ファミリー」(バーバラ・ブロッコリによると、彼女の曽祖父さんが、初めて野菜のブロッコリを作ったんだそうだ。彼女はセットで、全員にブロッコリをスプーンで食べさせるという、バカげた儀式みたいなものをやっていたんだよ)って人たちは、まるでロイヤルファミリーみたいに振舞っていたんだ。それに、もちろん、僕たちとジョン・バリーとの、あの「伝説的」な揉め事のせいで、かなり後味が悪かったよ。彼はベルギーの新聞のインタビューで、僕たちをヒトラー・ユーゲント呼ばわりまでしたしね。そのおかげで、その後、ベルギーで有名になれたんだけど。
Hot Rod:どのバンドも違った個性がぶつかり合う中で音楽作りをしている、と言われているわけです。例えばスパイス・ガールズには、かわい子ちゃんタイプやら、怖いタイプやら、セクシーなタイプやらいますね。ビートルズにも、夢見がちなタイプに、元気なタイプ、知的なタイプ、ちょっと風変わりなタイプといたわけです。a-haのメンバーについてはどうですか?
マグネ:僕に言わせれば、3人ともすごく怖いタイプだね。デビュー当時、僕たちに割り振られたイメージは、僕たちは自分たちの仕事を、自分たちの思うようにできないというイメージだったけど。僕はラッキーなタイプって言われていたな。つまり、道化役としてしか真面目に受けとってもらえないというわけだよ。
Hot Rod:あなたが憧れの有名人にあったときは、どんな感じでしたか?うっとりしましたか? 緊張しましたか?それとも感激のあまり言葉を無くしましたか?
マグネ:モナコで、ただの一ファンとして振舞ってしまったことがあるんだ。モートンと僕は、ロビー・ロバートソン(The Band)とジョージ・ハリソンと一緒に飲みに行ったことがあるんだ。二人とも、僕に音楽的影響を与えてくれた人達のリストの上位にくる人たちなんだ(ちなみに、そのとき二人ともペヨーテでハイになっていた…)。小洒落たナイトクラブの前に立って、4人で茂みの中に立ち小便をしたんだ。そうしたら、ジョージ・ハリソンが「パパラッチの喜びそうな光景だよな…」と言ったんだ。最高にロックンロールな瞬間だったな。この業界にいたら、以前から知っていたアーティストにとは(知らなかった人もだけど)、たいていの人には顔を会わす機会があるんだけど、ほとんどの人はただ感じが良くて礼儀正しい人たちで、個人的にはそんなに印象に残るわけでもない。あるとき、僕は、ヘニー・オンスター・ アートセンターでの展覧会のことで、ニューヨークのオノ・ヨーコに電話しなくてはならなかったんだけど、あのときは本当にドキドキしたよ。僕は、本当に何を言ったらいいのか分からなくなってしまっていたんだけれど、彼女の第一声は「ごめんなさい、でも今シチメンチョウの料理をしている真っ最中なのよ…」だったんだ。僕は、これはすごくクールな台詞だと思って、何か気の利いた返事をしようと、脳みそを絞って考えて…結局、感謝祭の日に、シチメンチョウのお腹に具を詰めながら、電話をかけなおすことにしたんだ。
Hot Rod:あなたは以前、ツアーの間は「しかめっ面のヘタレ」になってしまうと言っていたそうですが、大規模なツアーがついこの間終了した今も、同じ気持ちですか?
マグネ:そうでもないな。歳をとったら、ツアー生活を楽しめるようになってきたよ。惨めなものだね。絶対に、いわゆる中年の危機ってやつだな。でも、以前よりもいろいろなことができるようになったからというのもあるかもしれない。つまり、キーボードとかギターとか、いろんな楽器を弾いたり、リードシンガーもやったりするのは楽しかったから。僕は自分が得意でないことをやっている時の方が楽しいんだよ。ツアーというのは、旅をするのに訪問先を見学することもないし、大勢の人に会うのに、その人達の人生に関わるわけでもない。昔は認めたくなかったけれど、本当は僕は落ちつきがないタイプで、流浪の民のような生活の方が、僕に向いているのかもしれないね。
アートについて
Hot Rod:初めて展覧会を開いたのは1989年でしたよね。それ以来、あなたの作品は発展あるいは変化してきたと思いますか?
マグネ:もう酷くなる一方で…。真面目な話、95年が僕にとっての飛躍の年だったと思う。(ヘニー・オンスター・アートセンターで「Kutt」展が開催された年。)今までのところ、あれが僕にとって最初で最後の、ただひとつのコンセプトに基づいた展覧会だったんだ。あの展覧会以降は、自分が得意なことだけをやって居眠り運転をしているみたいな状態に陥ってしまうのが、何よりも怖くてね。僕はいつも常に何かを、本当の意味で創り出していたいんだ。それが物作りというものの一面なんだよ。でも最近は、何かをやり始めると、その反応を観察して喜んでいるところが大きいね。僕は、アートとは何かを「運ぶ」手段だと思っている。「運ぶ」という言葉は、僕が追い求めているものを、よく表していると思う。つまり、僕自身や他の人たちを、ある場所から別のところへと運んでくれるもの、という意味なんだ。
Hot Rod:正式にアートを学んだことがないそうですが、そのことで何か苦労はありますか?
マグネ:無いよ。それこそが、僕の最大の強みだと思っている。
Hot Rod:以前の作品で、あなたはお父様の死などのテーマを扱っていたことがありますよね。アートはあなたにとって、魂を浄化するためのプロセスなんでしょうか?
マグネ:時々墓泥棒みたいな気分になるけど。でも同時に、父の死は僕の人生にとって重大な出来事だったのだし、思い出を埋め合わせるために、絵や版画、オブジェのような何か形のあるものに置きかえるというのが、僕のやり方なんだ。それに、セラピー受けるより安上がりだし。
Hot Rod:最も影響を受けたアーティストは?
マグネ:本当にたくさんの人達から影響を受けている。多すぎて、名前を挙げていけばキリがないよ。僕は17歳のときヘニー・オンスター・アートセンターで働いていたんだけれど、その頃に会った、いろいろな分野で活躍しているアーティストたち全員から影響を受けている。彼らが展示物をどんな風にまとめるのかを目にしたり、作品を飾るのを手伝ったり、作品についてどう考えているのかを学んだり…こういうことが、若い頃の僕にものすごく影響があったんだ。それから、ノルウェーのアーティスト仲間たちと密に協力しあいながら仕事をする機会があると、すごく影響を受けるよ。例えば、名前を挙げていけばキリがないけれど、シェル・ヌーペンとかオラフ・クリストファー・イェンセン、シェル・エリック・キリ・オルセンたちだよ。
Hot Rod:世界中の好きな場所で展覧会を開けるとしたら、どこで開きたいですか? またその理由は?
マグネ:コペンハーゲン郊外のルイジアナがいいね。本当に美しいところなんだ。
Hot Rod:切手のデザインの仕事は本当に素晴らしいですよね。あなたの作品が、世界中の家々に郵便で届くわけですよ。この仕事を依頼されたとき、どう思いましたか?
マグネ:このことについては、格好つけるつもりはないよ。すごい仕事だと思った!
Hot Rod:バレンタインが切手のテーマだったわけですが、あのように小さなスペースに印刷されることを考えれば、図柄をありきたりのものにならないようにするのは、大変ではありませんでしたか?
マグネ:僕は、ありきたりのものが悪いとは思っていないよ。ポップ・ミュージシャンなら、ありきたりの様式の中でも自由に表現することは可能だと知っているからね。僕はこのプロジェクトとそれに続く展覧会用の作品を、実際の切手サイズで制作することにしたんだ。僕は、単なるミニチュア・アートにはしたくなくて、1インチ四方の名作を作ることを目指したんだ。小さいサイズのフォーマットそのものが、僕にとって挑戦だったんだ。なにか特定のテーマではなくてね。自分自身にこういう制限を加えることで、創造的な面では自由になれることがあるとい、気づかされるんだ。このプロジェクトの場合は、ビジュアル版俳句を作っているような気持ちになった−つまり、スペースが限られているからこそ、新しい言葉づかいが生まれるみたいな感じだったんだよ。それに、「本物の切手を作る機会なんて、この1回しかないぞ。だからこの機会を最大限に活用するんだ、切手と郵便の歴史に残るようなものにしなくちゃ」と思ったんだ。僕が作ったシリーズでは、糸とロープを使って、「結びつけ、つなぎ合わせる」というロマンティックなテーマをビジュアルで表現したんだ。僕は、販売期限が印刷されているような切手はイヤだと言ったんだ。そうすると彼ら(ノルウェー郵政省)は、バレンタイン用のスタンプから、このe-mailの時代にこそ「本物」の手紙を書こうというキャンペーンに使うことに、計画を変更してくれたんだ。
Hot Rod:複数の素材で本当の意味で成功している美術家というのは少ないですよね。あなたはそれを成し遂げたわけですが、なぜ可能だったのだと思いますか?
マグネ:その意見には賛成しないな。成功している人はたくさんいるよ。ただ、「良い」ものを作った人が少ないだけだよ。
Hot Rod:あなたは、どの素材を使って製作するのが好きですか?
マグネ:今まで使ったことのない素材だね。一番楽しいのは、新聞やテレビ、彼らが僕に対して、そして彼ら自身に期待していることをいじくることだな。
Hot Rod:例えばデビッド・ボウイやジョン・レノン、ロン・ウッド、ポール・マッカートニーにジェーン・シーモアやチャールズ皇太子など、セレブも画家としてギャラリーのドアをくぐることができると証明してみせた有名人は他にもいるわけですが、他の誰と比べても、あなたは才能があるし、しかも「持久力」があると証明してみせたわけです。そのことを誇りに思いますか?
マグネ:その中だと、チャールズ皇太子の作品が一番好きかな…。
Hot Rod:私が挙げた人たちよりも、もっと興味深い、複数の分野で活躍するセレブをご存知なのかもしれませんが…
マグネ:(僕は、世界のロイヤルファミリーはみんな、アートの仕事をして、自分の作品の展覧会を開催させるようにするべきだという意見なんだ。そして、もしその作品がクソなら、社会的地位を剥奪されるようにするというわけ!裕福でグウタラだから才能を磨くことができていなかった、新しいバルテュスや将来のバーニーが、ロイヤルファミリーの中に隠れていたとしたら? たった一人すばらしい人がいるだけで価値があるよ…でも、今日すぐにでも展覧会を開きたいと主張するような、厚かましい上に才能のないやつの出番は無しだよ。)40歳の男に、「持久力」があって誇りに思いますかだって? それって引っ掛け質問? そうだね、結局は、作品というものは後に残るものだよね。時には、自分の成し遂げたものを見て、ちょっとばかり誇らしく思うこともあるけれども、うまくいかなかったことに意気消沈することの方が多いんだから。
Hot Rod:クリスマス・シーズンに、あなたは、クー・クラックス・クランを扱った、HotRod galleryの「Black and White Xmas show」で作品を展示しましたよね−あいかわらず厄介な題材ばかりのギャラリーです。あなたはどのようにして、この題材に取り組んだんでしょうか?
マグネ:そうだね。実を言うと、子供のときに見たテレビの映像を思い出しながら作ったんだ。この展覧会のタイトルは、どういうわけかテレビ、60年代のテレビの映像を思い起こさせたから。タイトルは、ビリー・ホリデイの『奇妙な果実』という歌から取った。あの頃、他にもいくつかのショー用に、切り絵と折り紙を使った作品を制作していたところで、僕は同じことを、白と黒の紙という本当にシンプルなものでやってみようと思ったんだ。白い紙の円錐に穴を開けて、白いクリスマスツリーのような形に仕上げて、黒い紙を人の形をつくって、それを不愉快なクリスマスの飾りに仕立てたんだ。
Hot Rod:あなたがオスロ中央駅のクリスマスツリーに、14,000クローネのコインとお札(お札を折り紙にして、綺麗な星を作った)で飾り付けをして、結局お金は全部盗難に遭った件は、世界中のマスコミの関心を集めましたよね。そもそも、あの飾り付けのコンセプトは何だったんですか? また、わずか数日で、お金が全て盗まれてしまって、どんな気持ちでしたか?
マグネ:そうだね、ニューヨークの友達から、CNNでニュースを見たよと言われたときは、本当にショックだったよ!お金に関することなら、どんなことでも人の興味を惹くんだからね…。僕は、他のアーティストたちと一緒に、14,000クローネ(約2,000米ドル)を使ってツリーの飾り付けをするように依頼されたんだ。僕はそのお金そのものを、飾りとして使っただけなんだよ。僕が予想していた以上の議論が巻き起こったようだね。あまりにもデカダンすぎて不愉快だという人もいれば、非常に意味深だという人もいた。僕は、滑稽だと思っていたんだけれど。マスコミは、僕が盗難を警察に通報したのかどうかばかり知りたがっていたけれど、もちろん、まったく的外れなことだよ。僕は彼らに、お金を盗んだ奴らは、実は僕の作品を完成させてくれて、その報酬を得ただけのことなんだよ、と話したんだ。マスコミっていうのは、往々にして、自分たちがやったことに気づいていない。あのツリーは地上3メートル以上のところにつるされていたんだから、テレビのニュースで報道されなかったら、あれが本物のお金だなんて気づく人はいなかっただろうにね。
ソロ・キャリア
Hot Rod:過去に、そして現在、音楽的にもっとも影響を受けたのは誰ですか?
マグネ:若いときには、ドアーズが新しい世界を開いてくれた。誰もが言うだろうけど、その後はビートルズが、僕の目指すミュージシャン像だった。いろんなバンドに夢中になったけど、当時は僕にとっては大切なことだったんだ。最近は少し興味が変わってきて、ジェフ・バックリー、カート・コバーン、PJ・ハーベイ、シンニード・オコナー、ベック、レディオヘッド(トム・ヨーク)、エイミー・マン、レナード・コーエンなんかに影響を受けているよ。
Hot Rod:現在のノルウェーの音楽シーンには、才能あふれるミュージシャンがいると思いますか? それとも、今でもいないと思いますか?
マグネ:世界的に活躍できそうな、才能を持った人がたくさんいるよ。僕たちが若い頃よりも、ずっとたくさんいると思う。たぶん、音楽に対する姿勢が変わってきたからじゃないかな。いわゆる「北欧の奇跡」ってやつのおかげで、若い世代の人たちは、何の苦労もせずに、より広い分野で活躍できるようになったんだと思う。この国で問題なのは、音楽をとりまくビジネス環境なんだよ。いいマネージメントとか、レコード会社とか、アーティストの発掘とか、エージェントとか、そういうのがまだ十分でない。この国のアーティストは、自分達の周りのことを、ほとんど何もかもやらなくてはいならない場合が多いんだ。まあ、それは必ずしも悪いことばかりでもないけれど。
Hot Rod:a-haの活動のせいで、自分自身のプロジェクトのための時間が十分に確保できないということはありませんか?
マグネ:もし、1日を28時間にすることを、基本政策に盛り込んでくれる政党があったら、絶対その党に投票するんだけどな。
Hot Rod:舞台に最初の一歩を踏み出すときには、今でも神経が苛立ったりしますか?それとも、そういうものは、時が経つにつれて、慣れていくものなんでしょうか?
マグネ::ノー。(ノー??)
Hot Rod:ソロパフォーマーとして演奏した経験から何を得ることができましたか? またこの表現分野をさらに開拓していきたいと思いますか?
マグネ:バンドを再結成して以来、僕は「4分間のポップソング」というものの可能性に、再び目覚めたんだ。初めて、僕は突飛な実験音楽だとか、映画のサントラじゃなくて、「ちゃんとした」レコードを自分自身で作りたいと思うようになったよ。
Hot Rod:あなたは、たくさんの楽器を演奏できますよね‐その中にはクラビコードみたいな変わったものもあるわけですが‐あなたの好きな楽器は何ですか? また、その理由は?
マグネ:楽器をプレイ(演奏)することとは、僕にとっては、まさに恐れずにプレイ(遊ぶ)することなんだ。でも、僕をパーティーの席でピアノの前に座らせようとしても、役に立たないよ。僕が一番気に入っている楽器は、チェンバレン。まるで気まぐれなメロトロンといった感じの楽器なんだ。
Hot Rod:モートン・ハルケットは、あなたのことを、まったくもって無秩序で、自制というものを知らない人だと言っていたそうですが、ソロ活動を初めてから、変わったと思いますか?
マグネ:モートンに聞いてくれ。僕より自制心のある人なんていないと思うんだけれど。これまでの人生で本当にたくさんの人に会っているから、いちいち昔のイメージを訂正してまわるわけにもいかないよね…。
家庭生活
Hot Rod:現在の世界の状況は、親として怖くなりませんか?
マグネ:怖くなるけれども、怖くなることは良いことでもあると思うんだ。おかげで、以前のようには無関心ではいられなくなるからね。
Hot Rod:あなたは結婚して10年、その前にも長年お付き合いをしていたわけですが、家庭で夫婦の関係や、家族との関係を幸せに保つ秘訣は何なんでしょうか?
マグネ:どんな関係においても、それぞれルールがあると思うんだ。僕たちが出会ってから22年になるけれど、22年後にまた聞いてみてよ。僕は、いつだってエゴイスティックな馬鹿だったよ。それが成功の秘訣なのかもしれないね。
マグネの思い
Hot Rod:あなたは、a-haの一員として世界中を旅して来たわけですが、なぜノルウェーに戻ろうと思ったのですか?
マグネ:孤独が必要だったからだよ。ショービズの世界から抜け出して、距離を置くためだったんだ。それに、ちょうどその頃生まれたばかりの息子を、自分のなじんでいる土地で育てたかったんだ。
Hot Rod:オスロという街はずいぶんと面白い地名が多いですよね。Skullerud(英語の「Skull Road=骸骨通り」と発音が似ている)だとか、Bogerud(英語だと「鼻くそ通り」に聞こえる)だとか、それにもちろんManglerud(英語のmangleとは、追突事故を起こした車がつぶれてひん曲がった様子を指す言葉)というのもありますよね。観光客が、オスロのことを陰気で奇妙な雰囲気があると思うのも無理は無いと思うんですが。あなたなら、オスロの魅力は何だと言いますか?
マグネ:あまり魅力的じゃないかも。実は僕はオスロにはあまり行かないんだ。オスロに行くといつも僕は、オスロが表面的には「大都会」になったことに驚くんだ。でも、僕は、都会の若者が一見何の努力もせずに自信にあふれているのを観察するのが好きでね(中年オヤジにはうらやましいだけなんだけど)。
Hot Rod:あなたはステキな、いかにもバイキング風の名前(直訳すると「松島」)をしてらっしゃいますが、ノルウェー人であることは、あなたにとってどんな意味がありますか?
マグネ:世界中のどのホテルのカウンターでも、僕のバカみたいな名前のスペルを説明しなくちゃならないこと。
Hot Rod:天国の存在を信じていますか?
マグネ:天国とは、何も起きない場所のことだよ。
Hot Rod:もし、自分の葬式を選べるなら、どんな葬式にしたいですか?(音楽、場所、スタイルなど)また、あなたのお友達は、あなたの人生を一言で表現するなら、なんて説明すると思いますか?
マグネ:「…ヤツは、ワガママ野郎だった」
Hot Rod:今までに行ったことのある場所で、一番素晴らしい場所はどこですか?
マグネ:中国。僕は96年に2ヶ月間、上海にいたんだ。あそこでは、僕は宇宙人みたいな気持ちだったよ。
Hot Rod:今までに見たことのあるものの中で、最も美しいものとは?
マグネ:最近見たCNNのルポなんだけど、オーストラリアの94歳のおばあさんが、生まれて初めての自分の家を買うために、銀行のローンを組んでいたんだ!
Hot Rod:あるインタビューで、有名でいることが耐えられなくなった頃、閉所恐怖症と広場恐怖症と高所恐怖症に苦しんでいた時期があったと話していたのを読んだのですが、どうやって克服できたのですか? また、同じような気持ちになって苦しんでいる人にアドバイスがあれば、お願いします。
マグネ:そういう症状がある限り、その症状を楽しむこと。もっと悪いことが起きるかもしれないなんて考えたりせずにね。
Hot Rod:40歳の誕生日を迎えたばかりですが、もうすでに多くのことを成し遂げてきたし、やっぱり40を過ぎれば年寄りだと、今でも思いますか?
マグネ:僕は、自分の人生でやりたいと思っていることを、ほとんどやり遂げていないと思っている。自分のやってきたことを抱えて生きて行かなくてはならないという事実を受け入れられるようにはなったけれど、それでもまだ僕は、いつでも変わることができるかもしれないという思いにしがみついているんだ。新しい行動を起こすことで、自分自身の歴史をひっくり返す…改装工事みたいに人生を変えることができるんだと思っていたいんだ。
Hot Rod:シェイクスピアの有名なセリフに「音楽が恋の糧であるなら、つづけてくれ」というのがありますね。アートも音楽もどちらも「世界共通語」なわけですが、あなたが、絵あるいは歌を通して人々に伝えたいと思っているメッセージ、感情、あるいはアイディアとは、いったい何なのでしょうか?
マグネ:もし誰かを好きになりたいと思っているんだったら、僕を好きになって。
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