ノルウェー-新聞- 19/04/03
VGより 訳:みこ
女性は僕にエネルギーをくれる
「女性に失礼なことをしなくても、女性の体を賞賛することは十分に可能だよ」‐モートン・ハルケットはそう言うと、Fianeの街のレストラン「Lyngrillen」の一番奥のコーナーに、楽しそうな笑顔でアントレコートを運んで来たウェートレスに、にっこりと微笑んでみせた。
彼女は思わず笑みがこぼれそうになるのを抑えながら、頬を赤らめながら、レジ横のトレイに置き忘れた食器を取りに戻って行った。
「彼女は自分が女だってことを自覚しているよね」と、モートン。レストランのドアの外の看板には、間もなくシェル・エルヴィス(訳注:ノルウェーのエルヴィス・プレスリーのそっくりさん)が登場と書いてある。E18号線(訳注:オスロ〜クリスチャンサン間の高速道路)を数時間走ってLyngrillenに先に到着していたモートン・ハルケットはお腹をすかせているようだ。
「女性は僕にエネルギーをくれるんだよ」と、彼は言う。別にセックスのことではないらしい。「女性の存在そのものが、僕に良い影響を与えてくれるんだよ。」
『Take On Me』から18年。Akers出身の青年モートン・ハルケットがノルウェーで最初で最大の世界的なポップスターになってから今日までの間に、彼は結婚を1回、恋愛を何回か経験し、4人の子の父親になった。43歳で彼は、恋人アンネ・メッテ・ウンドリーンとの間に新しい子供ができ、a-haの新しいレコードも出した。a-haの初めてのライブアルバムである。
生まれたばかりの女の子は、新しい何かの始まりを暗示しているようだ。
「僕は歳をとったけれど、世界中全てが同じように歳をとったのだからね。それに僕の体の調子も良いしね」と、モートン。彼は皮肉なつもりで言ったのだろうが、体の調子が良いというのは本当のことだ—いろいろな意味で。
「女性に性的対象として見られてもかまいませんか?人格を否定されたような気はしませんか?」
「もちろん、かまわないよ。彼女たちにはそうする権利があって、そうするのだし。」
「あなたは女性の夢に出て来たり、妄想の対象になったりするんですよ?」
「生きていることを確かめるためかもしれない。でも、僕だって同じような気持ちになることがあるんだよ。誰かに心奪われることだってありうるんだから。」
「ステージの上から?」
「もちろん。それ以外の場所でも‐誰かがふと通りすぎた時とかね。僕が心を動かされるのは女性の心なんだ。僕も人間だからね。でも僕だってもしかしたら、向こう見ずになって、ポップスターであることを忘れた行動をするかもしれないよ。」
彼は細身のフレームの眼鏡から、目をのぞかせた。私たちはノルウェー南部にある彼の小屋に向かうところだ。小屋は美しいところにあるが、屋内には水道も電気も通っていない。ポップスターには似つかわしくない場所だ。しかし、この数日の間、誰もが憧れる美しい顔を洗うのに、毎朝たった両手に二杯分しか水を使わないようにしていた男、人生を豊かにしてくれた出来事について語る男にはふさわしい場所だ。モートン・ハルケットは好奇心旺盛で、情熱に溢れた男だ。混乱と秩序のバランスを取るのがうまい人だ。彼は、ひどく保守的な宣教師のようでもあり、同時に空想的な理想主義者でもある。
そして、彼はいつもあわただしい。
「オーガニックのスペルト小麦のパンがほしいよね!」とモートンは、メルセデスの運転席の中で大声をあげた。
彼は、4年近く前に『Summer Moved On』のビデオを撮影した頃から、小麦とジャガイモを一切口にしていない。力を奪われて、体がだるくなるからだそうだ。アンネ・メッテは、普通の小麦のかわりにスペルト小麦でパンを焼く。モートンは、パン生地は一晩寝かせなければならないこと、最高の状態に仕上げるためには生地が乾燥しないようにしなくてはならないことなどと解説してくれた。
「フェドン・リンドベルグ(訳注:低炭水化物ダイエットを提唱しているノルウェーの医師)のおかげで、アンネ・メッテの作るパンは僕の作るパンよりも美味しいんだよ!」
私たちは途中で、モートンのご両親宅でスイス製のエスプレッソマシーンを調達してきた。モートンが、「楽しい時をすごすために」、バリスタの技術をご披露してくれるのだそうだ。
「まあ信用して。送ってもらう価値あるから。」 モートンはそういって、アンネ・メッテに電話をかけて、明日の朝食に間に合うように、焼きたてのパン2斤をオスロからクリスチャンサンまで特急便で送ってくれるようにと頼んだ。
「もし25歳のときの体と体力を最低でもあと25年間キープしたいと思うのだったら、ものごとを選ばないとダメだよ。体だけじゃなくて、精神的にもだけどね。」
「つねに”火”を絶やさないこと、いつも注意深く、でも遊び心は忘れずに。それによって若若しくいられることができるんだ」と、モートンは言う。
「40歳になって突然恋に落ちるとする。恋は体にとって大きな刺激になるからね。食べるものの全てがおいしくなるし、全てのものがいい匂いに思えるし、目にするものの全てが鮮やかに見えるようになる。自分の体内の全てが目覚めるんだ。前よりもずっと生き生きと、楽しくなるんだ。」
「それは、あなたの個人的な経験から語っているのですよね。」
「もちろん、そうだよ。でもこれは真実なんだよ。心身を刺激する方法はいくらでもあるということなんだ。」
5年前、ノルウェー南部に向かうこの道で、AquaのLeneとモートンがバイク事故を起こしたというウワサもある。短いけれど激しい関係だったという話だ。
モートンが、ラウフォス出身で元陸上選手のかわいらしい素朴な女性、アンネ・メッテ・ウンドリーンと出会ってから4年以上になる。今ではモートンと喜びも悲しみも分かち合うような関係だ。
「もう長い間、この4年間ほどの楽しいことはなかったよ」とモートンは笑う。
モートンは、自分は風来坊だと言い、その言葉に自分で笑っていた。ノルウェー人の外国人に対する恐怖心からイラク戦争、レコード業界の著作権の問題を議論するとき、彼の言葉は、反動的と言っていいほどの保守主義から、革命的なアナーキズムの間を行き来する。
「ブッシュもブレアも道徳的な危険をおかしてしまったのだけれども、彼らにはあれしかできることはなかったと思うよ。戦争は避けられなかっただろうし、遅かれ早かれ起きただろうから」と、モートンは言う。ノルウェーは、重要だけれども人気のない話題について、もっと真剣に議論を深める必要があると思っている。
「ノルウェーでは何年も前から、中絶問題のように意見の分かれるような議論は避けて通るような風潮がある。EUのこととか、難民の扱いとか、遺伝子組替えのこととか、性差別の問題とかね。」
「中絶問題についてはどういう意見ですか?」
「女性だけが決めることのできるんだ、という意見は、実はそう言うことで、社会はこの問題から距離を置こうとしているんじゃないかと思うよ。解決できっこない問題を解決できるかもしれないと思ってそういうことを言うのだろうけれど。女性の権利だと言いつつ、女性にだけ責任を押し付けている。」
「あなたは原則的には人工中絶に反対ですよね?」
「そういう方法で生命を奪う権利があるとは思えないからね。女性の体と新しいひとつの命とをどの時点から区別することができるのか分かっていないのだし。」
「胎児の命を奪うことを受け入れる社会に対して、歴史はどんな判断を加えるのだろうな。」
島々の向こうから霧が立ちこめてきたが、太陽の光が霧に勝ったようだ。彼は海を背に椅子にもたれかかっていた。彼の姿が、窓ガラスに映っている。
モートンは、中絶は女性の問題ではなくて、責任があるのは社会の方であり、責められるべきなのは、男性の行動の方なのだと言う。
「働く女性の90%が、ほしいものはもっと他にもあると悲観的になっているって言うじゃないか」と、モートン。「男と女の違いは大きくて、力を合わせることで豊かな色彩のスペクトラムが生まれるのに。男も女も同等だけれど、けっして同じものでは無いのにね。男も女も、同一労働同一賃金というのが当然だし、同じ可能性と同じ権利があると信じているけれど、でも今日では、政治問題として以外は男と女の違いについて話そうとはしない風潮があるよね。」
「女性にとって難しいのは、女性よりも頼りになる人を見つけることなんだろうな。(女性は男性を必要としているけれど、自分の人生の邪魔をするようなやつとか、面倒を見なくちゃいけない相手を探しているわけじゃないんだからね。)」
「ではあなたは、女性はどういうタイプの男性を必要としていると考えているんですか?」
「ワイルドで完全に手なづけることなんてできない、でも同時に心は優しい男っていう感じかな。自分自身の心の言葉に耳を傾けるだけの勇気があり、それから活力を得ることのできるような男だろうな。女性は、面倒を見なくちゃならない子供がもう一人ほしいわけじゃないんだよ。」
車を5時間走らせる間、車の中では音楽がかかることも、ラジオのトークが聞こえることも一度も無かった。モートンは仕事以外では、あまり音楽を聞かない。ましてやa-haの音楽を聴くことはまず無い。しかし、彼はコールドプレイが好きだし、エヴァ・キャシディ、ジェフ・バックリーにも注目している。
「僕が惹かれるのは、シンガーなんだ。僕よりも先を行っているシンガーたちには刺激されるね。」
彼の小屋の中にもCDプレイヤーは無かった。しかしテーブルの上には、今2回目の読書中だというGerd Nygardshaugの『Mengele Zoo』の本と、まだ読んでいない『Forforeren』のペーパーバックが置いてあった。
友人のアーティストが製作したリトグラフの横には、パイプをくわえた老船員の、古臭い絵がかかっている。この小屋を買ったときに、一緒についてきたものだそうだ。
私たちは、ブナの枝を暖炉の火にくべて、モートンの「ヒーラー」お薦めのコニャックを味わった。モートンはこの人に一日何度か連絡を取っているし、彼の話にもよく出てくる。モートンは彼のことを信頼しているようだ。
「僕たちの真の存在とは精神的なものであって、物理的な世界については疑問をもたなくてはならないんだよ」と、モートンは言う。
インタビューの最後に、彼はアコースティックギターをかき鳴らしながら、新曲をいくつか歌ってくれた。心を揺さぶる恋愛こそが、モートン・ハルケットをソングライターに変えた。しかし、1991年にリオ・デジャネイロの巨大スタジアム、マカレナ・スタジアムで、すでに変化の兆候は現れ始めていた。
彼は、巨大なステージの端に立ち、19万4,000人の観客を見下ろしていた。この膨大な人数の観客の一人一人が、ただa-haの音楽を聞くためだけに集まっていたのだ—ただ、モートン・ハルケットに一目会うためだけに。
「声には出さなかったけれど、僕は自分自身を呪ったよ」とモートンは言う。「僕は観客を見下ろしながら、a-haを始めてからその時までに起こった出来事をひとつひとつ思い出していた。僕は自分にこう言い聞かせていた。—さあ、モートン、お前は一晩に20万人の人を集めてみせただけだ。後はステージに出て、全てが進むままにまかせるだけ…何をためらっているんだ? さっさと出ていけよ—というふうにね。」
「ステージの上で歌っているときも、そんな気持ちだったんですか?」
「そうなんだ。たぶん、気づかれなかったとは思うんだけれどね。でも今でも、舞台の上で我を忘れることはできないんだ」と、モートンは言う。「おかしなことに、頭の中ではその時突然に、観客が僕にポップスターでいてほしいと思うのは当然だということが理解できたんだよね。僕はいつだって、自分自身のことを偉い人間だと思っちゃいけないと言ってきた。そのくせに、ポップスターとしての役割を受け入れることができないと思うなんて、思いあがりもはなはだしいよね」と、モートン。
それは、1年半かかるプロセスの始まりだった。それによってモートンは、人間としてポップスターとして生まれ変わることができた。「僕は何事もあるがままにまかせるようになったんだ。僕は、落ちたものを拾いあげたり、落ちていこうとするものを落ちないようにしたりすることは止めたんだ。何事も進むままにまかせようと思ったんだ。」
「結婚生活についてもですか?」
「別に結婚生活がつぶれるままにまかせていたという意味じゃないんだけれど…。そうじゃなくて、僕はただ全てをコントロールしようとするのを止めたという意味なんだ。もし『本物』のものであれば、『進むがままにまかせる』というプロセスにも十分耐えることができると、信じなきゃいけないと思ったんだ」と、彼は説明する。「その過程では、本当に不愉快なこともたくさんあった。でも、僕にとってはどうしても必要な大掃除みたいなものだったんだ。僕が僕の中の基盤みたいなもの(本当の自分というか、自分の本質というか、心の奥底ではどういう人物なのか、内なる自分というか…)、そういうものに触れるためにはどうしても必要なことだったんだ。」
私たちは、桟橋の上で夜のさわやかな空気を吸いこんだ。彼は、Askerの高校でポールとマグネの演奏を見て、くぎ付けになったこと、そして「二人に唯一足りないのは僕だ」と思ったことなどを語った。
その数年前は、彼はHeggedal小学校で、他の少年たちに毎日のようにいじめられていた。まるでその街の行事か何かのように。
「最悪だった、ただそれだけ。僕は学校が大嫌いだった。いつか誰よりも強くなるんだと夢見てばかりいたよ。世界中で一番強い男になるんだ、僕ほどのやつはどこにもいないくらいに…ってね。」
「いろいろな意味で、あなたは正にやり遂げたんじゃないですか?」
「そうかもしれない。17歳のとき、僕は世界的なスターになると確信していたんだ。きっとそうなると信じていたんじゃない。そうなると僕には分かっていたんだ。」
彼の娘のトミーネが電話をかけてきた。今日はバレエのレッスンに行きたくないのだという。パパ・モートンは、行きたくないなら行かなくてもいいけれど、別のことをするようにと言い聞かせていた。電話を切ると、モートンは、離婚後の子供に対する責任について語り始めた。
「親としての選択肢は二つだけだ。一緒に責任を果たすか、別々に分かれて責任を果たすか。」
「(最初の結婚で)すでに3人も子供がいたのに、また別の女性との間に子供を作ることにためらいは無かったのですか?」
「子供を持つことは、アンネ・メッテにとっても、僕にとっても、正しいことだし、大切なことだったんだ。でも、これほどまでに僕にとって大きな影響を与えるとは思いもしなかった。突然に子供がかけがえのない宝物のように輝いて、僕の心の中には他の子供たちでいっぱいなのに、それとは別にさらにこの子のためのスペースが増えたんだからね。」
モートンの家には、コンピューター・ネットワークに接続した巨大な水槽が4つある。蝶々や蘭に夢中だった子供が成長して、サンゴや魚たちに興味を持つようになったのは当然の結果だろう。彼は小屋の外に飛んでいる蝶の中に、キベリタテハや、アカタテハそれにキアゲハをみつけた。おそらくこの島のどこかに、蘭も咲いているのだろう。
彼の住むアパートは、活気であふれている。人々が動きまわり、創造力にあふれ、子供たちが走りまわる。彼の乱雑な一面はここにも反映されている。「僕は完璧主義者じゃないんだよ。だから、僕の家はまるでゴミの山みたいなんだ」と、モートンは笑う。「でも、アンネ・メッテは、仕事場を家庭へと変えてくれる。」
Grunnerlokka(訳注:オスロ市の地区名。北欧のグリニッチ・ヴィレッジと呼ばれている)にある「仕事用アパート」は、それとは正反対だ。隅々まできちっとデザインされている。まるで芸術作品みたいに。
ここで彼は新しい音楽を作っている。彼自身用に、そしてa-ha用に。
「a-haは可能性の全てを見せつくしてしまったわけじゃない」とモートン。「僕たちはいろいろ失敗もしてきた。僕たちの音楽の本質と、僕たちに対するイメージとの間にはあまりにも大きいギャップがある。僕はステージの上では、まるで墓石みたいだったし‐これは今でもそうだけど。」
「僕たちは自分たちの思うようにすることができなかったし、外面的な評価に対して手をうつことはできなかった。何もかも5分前に決められて、すぐ後には単なるティーン向けの雑誌のインタビューを受けている、そういう感じだったんだ。」
「a-haはいつか可能性の全てを見せることができると思いますか?」
「この2枚のアルバムでやってきたようにすれば、いつかできるかもしれない。でも、その質問にイエスとは言わないよ。今は、僕たちはそれぞれプライベートなことや、ソロ活動のために時間が必要だと感じているんだ。20代の時よりも、考えなきゃいけないことがたくさんあるんだよ。」
「もうa-haのアルバムは出さない、という風にも聞こえますが。」
「今回が初めてじゃないし…それに、僕たちはバンドを、常に何かを注ぎ続けて満杯にしておかなきゃならない入れ物みたみなものだとは考えていないんだ。恋愛関係だって同じことだよ。不確実なことや、弱さを乗り越えることで、強いものになるんだよ。」
「一緒に仕事をしていないときも、よくポールやマグネとは連絡を取り合っているんですか?」
「連絡はほとんど取ってないよ。一緒に仕事をしているときは、本当に濃密な関係になってしまうからね。でも連絡を取らないからって、お互いへの気持ちが変わるわけでもないし。」
「それじゃあ、バンドのメンバーは、仕事仲間というよりも兄弟みたいなものなんでしょうか?」
「兄弟。僕の気持ちはまさにそういう感じだね。」
「じゃあ、もしその時が来たら、あなたは両手を広げて二人を迎え入れると?」
「いつだって大歓迎だよ。」
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