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『a-haのせいで病気になった』

元記事:Ble syke av a-ha(16/10/04) 訳:Mayumi

5年前、マグネ・フルホルメンはa-ha内部の問題のせいでひどく参ってしまっていた。モートンもまた、プレッシャーから病気になった。

a-haが分裂したのは、ポール・ワークター=サヴォイとの長年の対立、バンドの雲行きが怪しくなったこと、そして不健康な生活のスタイルのせいだった。

20年間a-haと一緒に仕事をしてきたワーナー・ミュージックのディレクター、フレッド・エング氏は、過去のエピソードを振り返った。

”懸命に働いてきたメンバーたち”

「マグネが病気になったのは知っています。直接の原因が何だったか僕にはわかりません。しかしバンドのメンバー全員に仕事のプレッシャーが非常に重くのしかかっていたことは確かです。彼らの間の不仲が原因だとしたら、僕には本当のことを言わなかったでしょうね。彼らは友人同士にも敵同士にも見えませんでしたね。常にプロとしてのイメージを保っていて、自分たちの関係をさらけ出すことはなかったからでしょう。」

「メンバーが倒れたのは、アルコールのせいではないと思いますよ。僕が知る限り、a-haは不健康な生活を送ってはいませんでした。しかし、彼らはよく働いた。それが影響したのでしょう」

今週の木曜日に発売されるa-haの本の中で、バンドの激動の歴史について初めて語られている。当紙のマガジンネットに対して、モートン・ハルケットは「仕事のプレッシャーから病気になった」と語った。

モートンは、夕食の席でいきなり眠りに落ちてしまうことがあり、鬱病の症状を呈するようになった。

”金銭面での意見の相違”

a-haのメンバー間における金銭的な配分は、バンド結成当初から不平等だった。ヒットアルバム『Hunting High And Low』をリリースして、1985年に大きな成功を収めた後、ポール・ワークター=サヴォイは、他の二人のメンバーと比べて倍近くの金額を稼いだとされている。当紙が調べたところ、ポールは、1985年に600万クローネの報酬を得た。マグネ・フルホルメンは、300万クローネ強、モートン・ハルケットは300万クローネ弱だった。この不平等な配分は、90年代の終わりにバンドが再結成されるまで続いた。

当紙が得た情報によると、再結成の条件として、ハルケットは、より公平な収入の配分を要求したという。

「簡単に説明すると、ポール一人が主に曲を書いていて、多少マグネも作曲している状態だったからです」

「モートンも、(1995年に)ソロアルバムの『Wild Seed』をリリースする少し前に、自分にも作曲の能力があることに気づいたのです。これが(彼らの間で)大きな問題になったのかどうか、僕は何も知りませんがね」とエング氏。

「とにかく、収入の配分に関してはもう問題にはならないでしょう。『Lifelines』では、各メンバーが同じ数の曲を書いているので、アルバムの売り上げは平等に分配されます。」

2004-10-19 | EDIT
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