バックステージパーティ
2001/03/25
H+D MLのポストによると、バックステージパーティに確かにa-haの3人はやってきました。部屋全体を素早く通り抜けて姿を消し、しばらくしてモートンはステージに上がり、少し話した後に、申し訳ないというようなコトを言って、去ったそうです。パーティ会場はとても混んでいて、セキュリティもいなかったようです。壁にある大きなスクリーンにはa-haのビデオが流れ、DJはa-haの曲をかけていました。外はマイナス10度で、凍えるほど寒かったそうです。From H+D ML
2001/03/26
コンサート会場からパーティ会場、またパーティ会場からオスロ中心街への送迎バスは、a-ha.comによるといろいろ問題があったようです。
コンサート直前に、警察は会場からほとんどの人が去るまでバスの運行はしないと決めました。a-ha.comは会場に依頼し、パーティに参加する人は会場にしばらくとどまってバスを待つように呼びかけたのですが、わずかな人数にしかこの情報は伝わりませんでした。そのため混乱が起きました。
またパーティ会場からのバスも、45分の遅れがありました。ノルウェーではこの夜、サマータイムへの変更があったため、バス会社が時間を間違えたのです。さらにトンネルで大きな工事があったため、バスは迂回せねばならず、さらに時間がかかってしまいました。
a-ha.comは、とても寒い冬の夜に待たせてしまったコトをお詫びし、このコトがその夜を台無しにしていないコトを祈っています。From a-ha.com
2001/03/28
バックステージパーティ。マグスはサインを書きながら、モートンは写真を撮られながら、ポールはファンと雑談をしながら会場へと入りました。その直後にファンがメンバーを見付けて殺到し、パニックになりました。セキュリティが少なかったのは、パーティに参加してファンと話したいと願ったメンバーが、セキュリティに囲まれていてはそれが出来ないと思ったからです。
「パーティで僕らに会えなくてガッカリした人たちは、このイベントで何が間違っていたかを探し求めていた。僕はそういう人たちが、ここで自分自身について何か学んでくれているコトを願うよ」と後でモートンは言いました。a-haメンバーに対して悪いと思う必要はありません。メンバーがフロアーを抜け出し、2階の窓へと行ったのは、人々が怪我をする危険があったからです。メンバーは自分たちのコトを心配したのではなく、ファンのコトを心配していたのです。
a-haの3人はパーティをとても楽しみにしていました。セキュリティによって壁を作られるコトなく、ファンと一緒に交わり、会話を楽しむつもりでした。予定では、パーティに最後まで参加するはずでした。しかし会場に入った1、2分後にはパニックになり、安全のためにフロアーを抜けるしかありませんでした。セキュリティ、マネージメント、他の人々と真剣に議論した結果、バンドは別の試みに挑戦するコトにしました。ステージで何かしようと思いました。
DJが人々に、ステージから安全なスペースを確保するために下がるように言いましたが、何度言っても人々は動きませんでした。結局、モートンだけがステージに上がり、来てくれてありがとう、さようならとだけ言いました。メンバーが望んでいたコトは出来ず、a-haは去りました。もう他に術がありませんでした。メンバーはとても残念に思っています。From H+D ML
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