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a-ha.com最終レポート

『そしてこれがノルウェーの陪審員の結果です…』
ノルウェーのメディアは、a-haのオスロ・コンサートに大注目

3月の24・25日の夢のような週末の前後に書かれた記事と、コンサート・レビューを集めてみました。

予感:

3月23日金曜日、a-haのオスロ・コンサートの前日、a-haの3人は姿を隠していました−少なくとも関係のプレスに話をした限りでは。彼らは新しく建てられたVallhallでのサウンドを出来るだけ自分たち好みにするため、サウンドチェックに多くの時間を費やしていました。その間、ジャーナリストたちは外で4時間半も待っていました。その後、マグネ・フリュホルメンがホテルまで歩き、時折ファンやレポーターに足止めされていました。
「ファンは何を期待できますか?」
「上手くすれば、休息した3人でのコンサートかな」
「サウンドチェックはどうでしたか?」
「ああ、良かったよ。ここは新しいホールだから、音響がどんな風か知るのは大変だね」
「現在の成功と80年代の成功との違いは何ですか?」
「比べるのは難しい」
その後エレベーターのドアは閉まり、関係報道者が後に残されました。どのジャーナリストも物足りないと思ったので…、ロシアでのコンサートの話を聞こうと、Brian Laneへと向かいました。
「ロシア?えらく寒くて、食べ物は不味かったね」とLaneの短いコメント。「でもコンサートはとても良かったよ」それで終わりでした。メディアは次の日まで待たなければならないでしょう。ページを埋めるため、彼らは巨大なルート説明、サイトマップ、そして「何を持っていくか」リストを記事にしました。ある新聞は、読者にシャワーを浴び、たくさんのデオドラントを使うようにというアドバイスさえしました。そうすれば、あなたの隣に立っている人々は、満員のコンサート・ホールで強い体臭に苦しまなくて済むでしょう。1万3千人の人々の体温で、ホールは暑くなるに違いありませんから。この日の前には、世界中からコンサートを見るためにやってきたファンについてのたくさんの記事もありました。Dagbladetも、1986年にカリフォルニアであったa-haのコンサートを、完ぺきな写真ギャラリー付きで振り返っていました。

コンサート・レビュー:

3月24日、土曜日。判決の日。a-haのコンサートは、ノルウェーの新聞に大絶賛されます。VGとDagbladetの両紙は6点中6点と評価し、ウェブをベースとしているdaily Nettavisenは6点中5点を与え、しばしばノルウェーで最も「まじめな全国紙」と言われるAftenpostenは、『ノルウェーのポップ・ゴッド(神)がVallhallを征服した』と見出しをつけました。Bergens Tidendeはローカルなベルゲンの新聞ですが、大文字で『a-haの印象的な帰国』、Dagsavisenは『もっと大きいさらなる確信』、Dagbladetは短いですが印象的な『Ja-ha!』でした。
イントロの時点で既に、Aftenpostenはバンドの歓迎を明言しています。ジャーナリストのBirger Kolsrud Jasundは彼女のレビューをこう始めています。「彼らがVallhallに現れた、まるで王のようで、オーディエンスを征服した。この国で一番のバンドは誰かは疑いがない。それはa-haだ」
Dagbladetはこう報告しています。「昨晩、a-haはナショナル・サッカー・リーグが残念ながら負けてしまった場所−まさしくサッカー場で、母国で最高の勝利−成功を収めた。これはa-haにとって帰郷となる大イベントで、期待は並はずれて高まっていた。もちろん、これは容易により大きな失墜にもなり得るが、a-haは堂々とそのテストに合格した。そして我々は寛大にも出だしで彼らが抱えていた小さな問題と始まりの空虚なサウンドを許す。何故ならコンサートが進むにつれ、全てが著しく改善されたのだ。それで十分、大満足だ!」
「この国でここほど大きなコンサート会場を2回も完売させられるノルウェーのバンドは多くない。それを言えば、他の国でもそうだ。しかし、a-haには出来る」とAftenpostenのJasundは続けます。彼は、いかに人々が朝から既にVallhallに来ていて、それはサポート・バンドが演奏を開始する数時間前であったかを報告しています。長く待っている間に、オーディエンスの期待はさらに膨らみ、ステージ上でサウンド技術者が動くだけで大騒ぎでした。「そして明かりが消え、人々の海から歓呼する喝采が起こり、暖かい喜びの波のようにステージの上を渦巻いた。a-haが登場した。王だ。散歩するように歩いているが、自信に満ちている。バンドメンバーがマイクに触る前に、人々の腕は大絶賛で空中に掲げられていた」
Bergens Tidendeはこう書いています。「落ち着いた青とエレガントな白の垂れ幕を背に、a-haは午後8時半ちょうど−予定通りの時間にステージに現れた。豪華で圧倒的な曲『Minor Earth, Major Sky』と『The Sun Never Shone That Day』がオーディエンスを打ちのめし、しかし『I've Been Losing You』で初めてオーディエンスはa-haのコンサートの一部となった」
3曲目『Little Black Heart』はDagsavisenでこう書かれています。「この曲はアルバムのオリジナルよりもずっと良い。しかし反応は余り良くなく、ステージ前の数百人だけが最初の3曲にこたえた。この晩の最初の典型的a-haトーンは少しだけ人々を揺り動かした。『I've Been Losing You』はa-haのタフな曲の一つだが、今晩は1988年ヴァージョンから迫力を欠いている」
Bergens Tidendeによると、『Manhattan Skyline』が最初のハイライトです。「…トーン・ダウンした『Stay On These Roads』の素晴らしいヴァージョンが、モートン・ハルケットとベル・カントのシンガー、アンネリ・ドレッカーのデュエットによってさらに明確にされる前に」
Nettavisenのレポーターは、オーディエンスが演奏にはまるのに多少の時間が必要であったと言っています、しかし反応は曲を重ねる毎に良くなりました。「情況は全体を通して素晴らしく、新旧の曲とともに増大した。ワークターとフリュホルメンが参加し『Velvet』を演奏した時、オーディエンスは漂い、気持ちは上昇し続けた。なんて印象的な光景か!a-haは『Velvet』で屋根を突き破り、さらに遠くへと運んでいった」
VGによると、最後の30分、a-haのバラードとヒット曲は、ネックレスの糸に通された真珠のようでした。Vallhallは「我々の国際的スーパーポップスターへの熱意と賛辞が混じり、爆発したようだった」
モートン・ハルケットとマグネ・フリュホルメンは、交代で曲の合間にちょっとした話をしました。「「次の曲は僕たちの基礎となっている曲の一つです」ハルケットがそう言って、『Hunting High and Low』の特別ヴァージョンを歌った。会場の雰囲気は最高潮に達した」
Bergens Tideneは、ショーの途中にあったバラードの後に、ポール・ワークターがオーディエンスを盛り上げるリードを取った、と書いています。「ロック・ヴァージョンの『The Sun Always Shines On TV』はコンサートのヒットパレードへの導入となり、今やVIPセクションにいたメルセデスベンツのお堅い40過ぎのお偉いさんまでもが、まるでリッキー・マーティンにそうするように命じられたかのように、腰を振っていた。食欲をそそる光景ではないが、おそらく幸運にも、豪華で印象的なヴァージョンである『Hunting High and Low』と充分にスタジアムヴァージョンとなっている『The Living Daylights』−2曲とも観客が一緒に歌う−は、我々の注意をVIPセクションからステージへと戻してくれた」
Dagbladetはこう付け加えています。「コンサートでこんなに熱中する体験が出来るのは、実際とても珍しい。1万3千人が『The Living Daylights』のコーラスに参加しているのを聞くとは非常に特別なコトだ。曲の間、ポール・ワークター・サヴォイは自分のギターでボンドのテーマを奏でながら楽しんでいた。でもトークは?いや、彼は何も話さなかった」
「ポールの名前で同じように皆さんに挨拶すべきかな、ハイ!ってね」とモートンはコンサートの終わりに冗談を言いました。
Dagbladetはこう書いています。「モートン自身は、コンサート中にますます説得力を得たヴォーカルの輝きで絶好調だった。ロック・ヴァージョンの『The Sun Always Shines On TV』で、彼はフォルセットの王であると証明し、『Take On Me』では私の背中に震えが起きた」DagbladetのOyvind Ronningは言いました。「モートンはとても高く、美しく歌うので、彼の声は雲の中にあるノルウェーの神の王国、Valhallaでずっと聞かれていたに違いない」
「マグネ・フリュホルメンもまたコンサートで重要な役割を果たしている。ピアノとキーボードの演奏は彼の気持ち次第で、両方の楽器を切り替えている。そして彼らの後には、強力なバックバンドがいるから、事態が悪くなるはずがない」
Dagsavisenは、バンドのライブアクトについてポジティブなコメントもしていますが、同様にネガティブな面も見ています。「音楽的には多くの信頼を得たが、必ずしも前のツアーよりステージが良くなってはいない。ポールはギターの向こうでリズムを取り、オーディエンスをわかせながら、魅力的に見えた。マグネはピアノで補いながら、キーボードの後で自分のコトを行っている。モートン・ハルケットはステージの中央で、注目され、自信を持ちながら、ぶらぶらと歩いている。しかしアンネリ・ドレッカーがステージに登場すると、ハルケットの個性が欠けるに気付かないではいられない。それにもかかわらず、彼はノルウェーで最も素晴らしいポップ・ヴォーカリストの一人であり、次の曲でそれを証明するかのように、さらに良くなっていく」
VGは、モートンがステージで存在を欠くという意見には反対です。「モートン・ハルケットは中心にいる、我々が以前に彼を見た時ほど冷淡でも横柄でもない。しかし皆を感動させる声と存在感を備えた突出したアーティストだ。一瞬、それは温和で、ほとんど聖式だが、次の瞬間、それは十分な岩力で爆発する。a-haは強い影響を及ぼすライブバンドになった。彼らが供給する音楽は、存在と意識の中で信じられないほど詳細に富み、音楽自身を演奏し作りあげる行為のために、ハッキリとした印象的な喜びを示している」
セットリストの曲の半分は、昨年出たアルバム『Minor Earth, Major Sky』からのものです−Dagbladetによると、これはa-haがレトロ・バンドとして見られたくないというサインです。この新聞社はさらにこう見ています。「しかしながら、オーディエンスが何を一番好んでいたのかは疑いの余地がない。彼らが過去のヒット曲の中から最初の旋律を認識するといつも、反応が即座に返っている」
Nettavisenの評論家はこう書いています。「3人組がステージから消えると、ほとんどの人はアンコールの準備をする。彼らは何が起こるか知っているのだ−なぜならa-haのコンサートで『Take On Me』がないなんて?しかしちょっとした驚きがあった。『Take On Me』演奏後、a-haはもう一つ別の曲を歌った。「『Angel In The Snow』を演奏するコトに決めた、というのも前のコンサートの後、どうしてアルバム『Memorial Beach』から一曲も演奏しないのかという質問がいくつかあったから」と、バンドはコンサートの後、プレスに説明した」
そしてDagbladetはこう締めくくっています。「a-haは、本当に純粋なポップ・バンドだ。我々が心からカムバックを望み、まだ次のアルバムでもさらに良くなる能力を持ち合わせているバンドだ。ライブ、彼らは既に完成に達している」

記者会見:

土曜のコンサートの後、3人はメルセデスベンツのVIPテントで一連のジャーナリストたちと会いました。
「ホールでの雰囲気はどうでしたか?」マグネは待っていたレポーターたちに訊ねました。「僕が立っていたところからは、とても良く見えたけど!」
「でもスポーツ・ホールであって、コンサート・ホールではない、だからサウンドは…」モートンが何か言おうとしました。
「いや、素晴らしかったよ!」とマグネが言い返します。
「サウンドが少し…」モートンはまた言おうとしました。
「モートンはもうホールを修繕しようとしているんだ!」マグネが笑います。
Nettavisenによると、3人は冗談を言っては大笑いしていました。明らかに彼らは自分たちのパフォーマンスと、オーディエンスからの反応にとても満足しています。
「オーディエンスは一曲目から僕たちについてきてくれたと感じた。素晴らしいね!」3人はプレスに語りました。
Nettavisenのレポーターはこう言っています。「実際、3人は円熟し、一緒にプレイするコトにさらに慣れ、より多くの経験とたくさんの曲がある。だからこのツアーが彼らの16年前に行われた最初のツアーとは全く異なるのは実に論理的なコトだ。彼らがおそらく全く準備出来いなかったツアーとは」
しかし、モートン、マグネそしてポールの日曜のコンサート後の予定は、まだ明らかではありません。
「ここからは、即興になるかな」とマグネはNettavisenのレポーターに伝えていますが、a-haは既にスタジオ入りし、ニュー・アルバムの仕事をしている点は強調しました。VGには、マグネはこう言っています。「今は大西洋を挟んで作曲とスタジオ・レコーディングというクリエイティブな期間に入るところだよ」
今のところ、いつニュー・アルバムがリリースされるかは分かりませんが、本当のa-haスタイルのアルバムになるでしょう−ちょっと疑問はありますが。
VGでは、a-haが『Angel in the Snow』をエクストラ・アンコールにした別の理由を報告しています。ポールは1991年、彼らの結婚式の日、妻のローレンへのスペシャル・プレゼントとしてこの曲を書きました。この曲は、ニューヨークに留まらなくてはいけなくて、オスロに一緒にいなかった彼女のために、特別にセットリストに加えられたのです。
「『Angel in the Snow』は僕たち皆が好きな曲。ニューヨークでモニターの前に座って、誰かさんはこの曲が演奏されるのを見ていたよ」とポールはとてもロマンティックな理由を明かしてくれました。
記者会見の質問は、彼らの服装へ関心が集まりました。彼らはステージで全員ゴム質のパンツを穿いています。「革製品には近寄らないようにしている、これは純粋な合成樹脂だよ。おかげで汗が足をつたって、真っ直ぐ靴へと流れるんだ」とマグネは言いました。
7年ものブランクの後、ノルウェーでプレイするのはどのような感じだったのでしょう。
「帰国した女王って感じ?」とマグネは冗談を言いました。
「リベンジのようなものですか?」とレポーターが聞きます。
「いや、リベンジではないよ。復讐するようなモノは何もない。オーディエンスからはとても良い感じを受けた」
歳を取ったと思いますか?
「ああ、そうだね、でも今はもっといろいろなコトが出来る」とモートンは言いました。「何が良くて何が良くないかを今は分かっているし、注目もしている。僕は僕らがより自信を持つようになったと思う。それだから、今音楽をやるのは容易になっている」

余波:

月曜日、注目すべき2つの記事が載りました。Dagbladetは、土曜のコンサートのDVDとビデオのリリースに関するニュースを載せ、a-haはCDでの発売も考えていると書いています。a-haが数日前にP4で行ったラジオインタビューによると、彼らはライブCDリリースのために両日のコンサートが録音されるだろうと語っています。
非常に変わっていたのは、AftenpostenのジャーナリストであるMorten Stale Nilsenの、月曜版での『パブリック・コンフェッション(公開告解)』です。『彼らの国の予言者』というタイトルで、Nilsenはこう書いています。「多くのノルウェー人が長い間この週末を思い出すだろう2つの理由がある。最初の理由は、オスロに新しいコンサートホールが出来たコト。しかし最も重要な理由は、a-haが成功した2回のコンサートが、大いに過小評価されていたポップ・バンドに、ついにアーティストとしての名誉回復と受けるに値する尊敬を与えるコトだ−彼らの母国で」
Nilsenは彼の公開告解をバンドへの感謝と尊敬で締めくくっています。「母国でよりも外国で多くの尊敬をしばしば得ていたバンド、a-haが2001年に我々の元へ戻ってきたコトは、ノルウェーのポピュラーミュージックにとって健康的なことに違いない。それはもはやa-haが好きというレベルではない。彼らを好きにならずにはいられない」

ファンに関するリンク:
Alle ville se a-ha(あいあいさんとtakakoさんが取材された記事)
Verden rundt for a-ha
Fra Europa til a-ha
From a-ha.com

2001-04-19 | EDIT
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