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[ TOUR > LIFELINES > 10/2002 ]

ツアー第3部終了

2002/10/30
6週間に渡ったツアーの第3部が終了し、a-haはノルウェーへと帰りました。14ヶ国で27回のコンサートをし、バス、電車、車、飛行機で何マイルも移動し、たくさんの異なるホテルの部屋に滞在しました。
10月14日、a-haはバーミンガムのNIAでプレイしました。アンネリ・ドレッカーはアレキサンドリア図書館の落成式に参加するためエジプトへ行き、そのため残念ながら残り3つのショーではステージにいませんでした。
バーミンガムのギグの後、a-haはホテルのバーでお祝いをし、モートン、ポール、マグネは夜遅くまでビリヤードをしました。ちょうど3人が昔、ロンドンに住んでいた頃、夜バーでビリヤードをしていたように。
次の日にグラスゴーへ飛び、Clyde Auditoriumでプレイしました。次の日の16日はツアーの最終日、ダブリンのThe Pointでのライブです。コンサートの最後に、モートン、ポール、マグネの3人はステージの中央に出て、オーディエンスにお辞儀をし、アイルランドとイギリスのオーディエンスから受けた素晴らしい反応に感謝しました。
イギリスツアーの前には、最後のイギリスツアーからほぼ10年が過ぎていて、オーディエンスからどんな反応があるか、全く分かりませんでした。しかしイギリスでのショーは大成功となり、イギリスのオーディエンスがa-haを忘れていなかったことは明らかです。またオーディエンスの一部の年齢から判断するに、新しいファンもまた増えていることも確かでした。
a-haとバックバンド、クルー、そしてマネージメントは、ツアーの最終日にダブリンのバーへ行きました。雰囲気は最高でした。誰もがツアーの成功を祝うだけでなく、こんなに長いツアーの後の帰宅を楽しみにしていました。From a-ha.com

2002/11/04
Lifelinesツアーは大成功でした。そしてたくさんの人たちがこの成功に貢献しています。照明オペレーター、ショーデザイナー、オーディオディレクター、ドライバー、仕出し屋、楽器技術者等々。ステージの裏側で、クルー達からのコメントです。
コンサートの前には、やらなくてはいけないことがたくさんあります。a-haは通常、3〜4時の間にサウンドチェックのために会場入りします。クルーは12時くらいに会場に行き、楽器やモニターミキサーなどのセットアップをし、ケーブルを繋ぎ、a-haのためにあらゆる準備をします。大きな会場のためには、いろいろな国籍のたくさんのクルーからなるプロダクションをa-haは持っていますが、小さい会場にはメインのクルーだけの小さなプロダクションになります。そしてこのメインのクルーは全ツアーに参加します。
ステージの右側には、モニター・エンジニアのJarle Kvalsundとギターの調整を担当するMorten 'Turbo' Thobroがいます。2人とも2000年のツアーから一緒に仕事をしていて、TurboはSAVOYやモートンソロにも参加しています。コンサートの間、Turboはポールのギターをチューニングし、それぞれの曲に合わせて使用するギターを手渡します。モニター・サウンドの責任を負うJarleは、バンドメンバー、特にモートンからの合図を受け、サウンドの調整をします。
ステージの反対側には、バックラインとドラム担当のYngve 'Hoba' Bergと、キーボード担当のTor Age Sornesがいます。Hobaはモートンの『Wild Seed』のコンサート、SAVOYの初ツアー、a-haとはMEMSツアーから一緒に仕事をしています。Torはa-haとはこのツアーが初めてです。キーボードの他、コンピューターにも長けていて、以前a-ha.comにて紹介されたマグネばかりのグループ写真を作った一人です。
オーディオディレクターのSven Perssonは、「ノルウェーのサウンド魔術師」と言われています。サウンドの責任者であり、a-haカムバックの重要人物でした。『Wild Seed』からモートンと一緒に仕事をしている彼は、a-haとも引き続き仕事をしました。「彼の仕事は本当に重要なんだ」とモートン。「今の僕らのサウンドは、10年前とは比較にならないくらいさ。」
「素晴らしいツアーだった」とSven。「彼らがまた戻ってきて、すごくたくさんの人々を惹きつけることができるのは驚くべきことだ。」Svenによれば、ツアー第3部のハイライトはライプツィヒとチューリッヒ、そして紛れもなくウェンブリーでのコンサートです。「このコンサートは百点満点。一生の内にあるかないかだ。」またクルーも最高で、「パーフェクト・チームだった」とのことです。
クルーは第3部のウェンブリーに加えて、ブラジル、モスクワ、ウッレヴォールのコンサートもツアーのハイライトであったと思っているようです。「あとバルセロナで9月、ビーチで40分過ごしたこと」とHoba。彼らは本当にツアーに満足し、ツアーのクルーを称賛しています。しかし「家族も友人もなしに過ごす6週間は長かった」とTurboは言います。
6週間の間にはひどく忙しい時もありましたが、何も間違いは起きませんでした。クルーが思いつく唯一の劇的なエピソードは、タリンからリガへと向かう途中、バスがイノシシにぶつかったことです。正面部分に血が飛び散り、全て洗い流すまでは税関を通過出来ませんでした。
ノルウェーに戻り、クルーはたくさんの他のノルウェーのアーティストのため、様々な準備のために働いています。オスロ到着の後日、TurboとJarleはノルウェーのポップスター、Morten Abelのために仕事をしました。Turboはまた、Lifelinesツアーが終わるやいなや、ノルウェーのバンドMotorpsychoから6週間のツアーの依頼が来ましたが、ガールフレンドが喜ぶとは思えませんでした。

2002/11/13
a-haのバックバンドとバックシンガー
a-haのLifelinesツアーの成功には、ステージ裏だけでなくステージ上でも、多くの人が貢献しています。この数年で、a-haは偉大なライブバンドとの名声を得るようになりましたが、その賞賛の声のうちのいくらかは、優れたバックバンドとバックシンガーに贈られるべきものでしょう。ステージ上のマグネ、モートン、ポールの3人のバックには、ベースのスヴェン・リンドヴァル、ドラムのペール・リンドヴァル、キーボードのクリステル・カールソンに、シンガーのアンネリ・ドレッカーがいます。From a-ha.com

2002/11/29
メディアの中のa-ha - 2002年10月
■ツアーバスへの考察:
10月21日に、ドイツのEins Liveはバンドのツアーバスでの生活ぶりについてのドキュメンタリーを放送しました。a-haも番組で取り上げられたバンドのうちのひとつでした。クラウディア・クラマ—が、ライプツィヒの楽屋から、ドイツツアー中のa-haは大変なツアーバスファンだとレポートしました。他のバンドが飛行機で移動するのを希望するのとは対照的でした。
ポールいわく「僕らは、飛行機よりバスで移動するほうがいいんだ。バスの方がもっとリラックスできるからね。」From a-ha.com

2002-11-29 | EDIT
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