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a-haでの成功は耐えられないものになった <Het Nieuwsblad 27/09/95>

訳:みこ

「僕は全て窓から放り出した。本当に価値があるのか証明されないかぎり、何にも価値が無いように思えたんだ。何もかもが下に落ちていくのを見ていた。それから何か残ってないか見に行った。そうしたら、ギターが残っていたんだ」と、モートン・ハルケットは語る。a-haのヒット曲の歴史の中で、彼は作曲はしなかった。しかし、今では『Wild Seed』 のアルバム全部の曲を一人で作曲したのである。そうすることで彼は、a-haでの大成功の結果陥った暗い深みから、ようやく抜け出すことができたのだ。『Take on Me』(85年)や『The Sun Always Shines on TV』(86年)、『Stay On These Roads』(88年)のようなヒットシングルはモートン・ハルケットを幸せにはしてくれなかった。ポップスターであることも彼を幸せにはしてくれなかった。これは彼の再生の物語である。

「ある瞬間に、何もかもがはっきりしたんだ。1991年にリオデジャネイロのマラカナ・スタディアムでのコンサートの時だ。僕らは19万4000人の観客の前で演奏していた。a-haを見るためだけにやって来て、入場料を払った人たちだよ。そして僕はそのステージ上に立って、あんなにも大勢の観客を前にしていた。観客の人たちが僕らを観にくるために大変な努力をしたに違いないことに気づいたんだ。何時間も並んでくれた人もいた。全てが計画通りに進行していて、完璧な状況だった。僕はそこに立っていて、そして僕はそんなことにちっとも感動していなってことに気づいたんだ」

「僕はその場に関わってないような気持ちだった。僕にはここにいる観客の期待しているようなものを何もあげることは出来ないと気づいた。そのことに腹が立った。頭を撃ち抜いてしまいたくなった。あの頃は本当に何がやりたかったんだろうね。僕はなぜこんなところにいるんだろう?世界中で曲が大ヒットしたし、全てをやりとげた。それなのにまだ満足してない。僕は19万4000人の人々、それ以外の人々も、自分自身も、誰もかもをがっかりさせてしまうんじゃないかという感じがしていた。僕にはこんなところにいる資格はないと思った」

それで、モートン・ハルケットはa-haのキャリアを中止させたのだった。「こういった疑念はいつもあったよ。僕たちは決して典型的なポップスターではなかった。でも、とうとう、耐えられなくなってしまった。それで僕は新しい人生を始めたんだ。混沌が許されるような生活を。僕の人生のあらゆる側面、プライベートもある生活をね。僕は何もかもきちんとコントロールすることを止めた。そして、ゼロから出発したんだ」

エヴァリー

「僕はトンネルに入り込んでしまったみたいだ。もう何もかも分からなくなってしまった。何にも価値が無いように思えた。というのは、価値のあると思っていたものは全て、昔のことを思い出させるものだったから。そんなものはもう僕の役には立たないものだったのに。実際、誰も僕に期待などできない、あても無くさまよっているような時期があった。1993年になってやっと、そんな状況から抜け出すことができたんだ。ギターを通じてね。このギターだよ。このギターはずっと僕を待っていてくれたんだよ。これは、エヴァリー・ブラザーズのフィル・エヴァリーからのプレゼントなんだ。彼は1987年に、僕たち3人にそれぞれ1本ずつ贈ってくれた。1993年の秋に僕はこのギターを弾き始めたんだ」

「僕はこれまで作曲はしてこなかった。a-haとしてのキャリアの初めに書いた、一曲だけが例外なんだ。それは今度出るCDに入る、『Lay Me Down Tonight』だよ。他の二人はこの曲を気に入ってくれたんだけど、この曲をアルバムに入れようと頑張ったりはしなかった。あまり競争意識は強くないんだ。僕は正しいと思っていることを押し通すために闘ったりするのは、好きじゃない。音楽の世界ではね。他の二人がたくさん曲を書いた。それで別に良かったんだよ。a-haでの僕の仕事は曲を書くことじゃなかったから。僕はかわりにサインを書くというわけ」

「君は成功もお金も全て手にしたのに、まだ幸せではないと言うのかと人々は思っているみたいだね。これは説明するのは難しい。これはまったく違った生活なのだから。こんなのは、どんな意味でもばかげた生活だよ。出会う全てのものが違ったものになってしまうんだ。一番仲の良かった友達でさえ、もう、ちょっと隣の椅子に座ってという風にはいかない。一人きりの旅路なんだ。同じような状況の人々としか会えなくなる。少なくとも、そういう人たちとは、ある種の繋がりが持てるからね」

コバーン

「だから、カート・コバーンが自殺したときには、完全に打ちのめされてしまった。どうしようもなく辛かった。本当に彼に会いに行くべきだったと考えていたよ。ニルヴァーナみたいなロックバンドにいるか、a-haみたいなポップバンドにいるかということは問題じゃないんだ。僕らは、同じ、顔のないモンスターに追いかけられているようなもので、それが僕らを押しつぶそうとしていたのだから」

「説明するのは難しいし、偉そうに聞こえるかもしれないけれど、でも僕はあえて、人々が僕のことを誤解するかもしれないリスク取ったんだ。名声というものはサービスの見返りと言っていい。これは本当だ。外交ばかりの生活だよ。自分を奮い立たせて、期待されていることをする。それがどんな感じだか知りたいんだったら、エルヴィスでも呼んで聞いてみたらいい。彼を死に追いやったのもそれなんだよ。もし自分のしていることの土台となるもの、自分に期待されていることをやるための力を与えてくれる何かがないのだったら、やめてしまった方がいい。自分を滅ぼしてしまうから。僕はやっとその土台を見つけた。僕の歌だよ。このソロアルバムは新しいスタートだ。これからもっと出すよ。もちろんa-haの新しいアルバムもね。もちろんだよ」

(転載許可確認済)Thanks to memorialbeach.com

2000-05-10 | EDIT
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